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牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

 聖霊降臨後第十13主日礼拝説教

 聖霊降臨後第十13主日礼拝説教
ルカ福音書12章49~53節

日本人の気質として、
「分裂」
を避けようとする習慣がある。たとえば、お蕎麦屋さんに入って席につき、注文しようとしたら、
「すみません」
と言って声をかけるものだ。どこの国に注文をオーダーするのに、いちいち謝っている文化は中々無い。
最近はチャイム昨日がファミリーレストランでも充実してきて、そのチャイムを押せば、ウエイトレスの人、ウエイターの人が来てくれる。
ただ、私は思う。チャイムでウエイトレス、ウエイターを呼ぶのより
「すいません」
と謝ってから注文をオーダーする方が納得がいくものだ。
こういう日本の習慣というのは世界でもまれなものだという。海外の方からみると、なんで、ウエイトレス、ウエイターを呼ぶのに
「すいません」
と謝らねばならないのか。非情にびっくりするそうだ。
これは日本の習慣において、お客様でもあるにも関わらず
「すいません」
と呼ぶことで、お店との協調を保ってきた習慣だと言える。
そこへ行くと、今日の聖書個所ルカ書のは強烈だ。
普通イエス様といえば、平和が一番であって、争いごとや、闘いというのとは、程遠いと信じてしまっている。
今から三十年くらい前のルーテル学院大学では、お昼の前に礼拝が行われていた。礼拝の説教は各生徒に分担されていて、どのような教派の方でも説教をしていた。私は熱心なキリスト教徒だったので、このお昼前の礼拝を本当に大切にして根過ごした意外の時は必ず出席していた。
そんな礼拝の時に今日の聖書個所で私の親友の牧師・当時神学生が説教壇に立つなり
「今日は気持がすぐれませんので、説教は止めにします」
と言い放ってから席についた。ルーテル学院大学のチャペルは凄い緊張感になった。現学長の江藤せんせい とか、
「ちょっと何それ」
と言って立ちあがりかけたときに、その神学生は説教壇にもどり
「なあんて事が起こったら、みんなビックリするでしょう」
と言っては説教を展開していったものだ。
それが今日の個所だった。ショック受けますね。
「私が来たのは地上に火を投ずるためである」
という一節、とてもショッキングだ。
「あなた方はわたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない言っておくが、むしろ分裂だ」
確かに
「分裂」
するべきなんです。原発の再稼働を肯定している人とは分裂するべきだ。
あるいは、沖縄における米軍の軍事拠点の成立に対して拒否して分裂すべきなのです。
今回のイエス・キリストの
[分裂]
という言葉は、私たちを実存的に現代社会に送り出すという意味があるのです。
たとえば、沖縄での基地の事、例えば、原発再稼働の事。
そういう事に対して、私たちはNOといわなければならない。
「分裂」
というのはそういう意味があるのです。
イエス・キリストがもしも現代社会に顕れたら、当然、日本の在り方について問題をなげかられるでしょう。
そんなイエス・キリストなんて、この世に出て来ないと思っている方。
いやいやイエス・キリストは現代社会に実存します。それは私たち一人一人のありようについて。実存するのです。
ですから私たちは、分裂を恐れないで、主イエス・キリストの側に立つと言う事が、言われているのです。
by qpqp1999 | 2016-08-13 17:12 | キリスト教