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牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

主なる神は全知全能ではなかった!?!?!?その3つづき

主なる神は全知全能ではなかった!?!?!?その3
 旧約聖書神学の授業でそれは難しい英語の神学論文でレポートせねばならず、私は英語の先生していた生徒に頼んで即興訳してもらって、自分なりに訳した。その一方で同級生は徹夜して英文を自力で訳した。その結果、私のレポートは清重先生に大変褒められ、自力で訳した生徒はコテンコテンに怒られた。というとこまで書きました。
 今日はいよいよ、そのレポートの内容について書きたいと思います。名前は忘れてしまったが、この神学論文書いた神学者は旧約聖書の「ヨブ記」を引き合いに出して、主なる神は全知ではないということを強調していた。そこでヨブ記という旧約聖書の個所をものすごく簡単にまとめます。
 ヨブという子供にも財産にも健康にも恵まれた信仰深い人がいたのだが、サタンが主なる神のところにやってきて、「そりゃあれだけ裕福で、健康だったら誰だって信仰深くなるだろう!?!?」
 と言ったので主なる神は最初「ヨブには手を出すな」という約束でヨブの財産とか子供たちが損なわれてしまう。でもヨブはまだ信仰深かったので、サタンは「本人が健康なんだからそりゃ信仰深くなるわ」と言ったので、主なる神は「ではヨブの命まではとらないように」という約束で、ヨブはどえらい皮膚病になってしまうのだった。
 ここで、この神学者はこの時点で主なる神はヨブがどのような行動に出るか解らなかったと言うんだむー。全知であれば、ヨブが災い特に皮膚病とかはユダヤ教では因果応報で罪人のなる病気だとされていたので、ヨブは罪犯していないのに散々追及されることになる。
 それでも最後の最後まで主なる神はヨブがどんな反応するか解っていなかった。つまり全知ではなかった。というのがこの論文の骨子だ。つまり神というのは人と対等な関係にあって、人をどうこうすることは出来ないというのだ。人は神から与えられた自由の中で、その生活を営み、信仰を持ったり持たなかったりすると言うわけだ。
 しかし、ヨブ記はその点についても決着をつけていると言う。確かにヨブは罪人がなる酷い皮膚病になってしまい、友達から「罪を犯した報いだ」とか言われるし、ヨブも迷ってしまうことにもなるんだけど最終的には
 「神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」
という最初の気持にもどり、ヨブを罪人呼ばわりしていた人のためにとりなしの祈りもするようになる。そして、ヨブはまた祝福されて、子供も財産も取り返すという話だ。
 この授業の後、清重先生は学生たちをお昼ご飯でご馳走してくれた。けっこう高級なかっぽう料理店だったと思う。私の隣にはズデーンと清重先生が座っていて、さんざん怒られた同級生はあっちの方にすわっていて、私はなんだか気まずくなってしまって。ついにカミングアウトしたんだむー!!!
「先生、実はあの論文、自分で訳したのではなくAさんに頼んで訳してもらったんです」
と言ったら清重先生はにんまりしながら
「それも、実力の内ですよ。ふっふっふっ」
と笑ったんだむー。最初から私のような者があんなに難しい神学論文を訳せるものかと思われていんたんだむー。そして、これが英語の授業だったら私は悪者だが、授業は旧約聖書神学で英語が出来るかどうかは別の話しだった。むしろどのような手段を用いてでもこの論文を理解してレポートするというのが大切だったということに改めて気付かされたんだむー。
 だから、このブログを読んでいて、外国語の論文で困っている人は、インターネットとかあらゆる手段を使って効率的に日本語にすることをお勧めするものだむー!!!論文を理解するのに外国語の力がいるのは仕方のないことだが、大事なのはその論文の中身を把握することなんだむー!!!語学でないなら、どんな手を使ったってかまわいない、むしろその論文の意味をしっかりとらえること、これが学問道なんだむー!!!
by qpqp1999 | 2015-03-01 17:36 | キリスト教