牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

牧師家庭で育った その2

 私の父は近畿福音ルーテル教会の最初の邦人牧師だった。赴任地は松阪だった。私が産まれた頃には、両親は立派な御殿みたいな牧師館に住んでいた。また、教会と牧師館の面積の3倍はある地域は自然の森林地帯になっていて、蛇が卵を産み、野ネズミが巣を作るほどのジャングルだった。
 私の祖父は法政大学の野球部でエイスだった。その後、コロンビアの重役になった。私は祖父にとっては初孫だったので、たいそう可愛がられたものだ。私の欲しいと思うものは何でも祖父が買ってくれた。ウルトラマンの人形に苦労したことは一度も無い。私はいつでもウルトラマン関係の人形は贅沢に持っていた。当時の社会は地域社会で、近所の子供たちと年齢差が数年という次元で、関係していた。そこで。みんなの遊び場になっていたのが、私の住んでいる牧師館の庭だった。庭というより、庭園だった。ジャングルだった。子供たちは皆この教会に集まっては遊んでいたのだった。
 そこで、当時の私は、自分の家はなんとお金持ちなんだろうと、大間違いをしていたむー。

 そりゃそうだ、地域中で一番庭が広くて、みんなの遊び場になっていたし、私はウルトラマンの人形に事欠かなかったのだから、私の家はなんとお金持ちなんだろうと大間違いをしていた。
 しかし、それから数年後、私の家は、牧師家庭は貧乏なのだと実感するのに数年かからなかった。私が小学生3年生にもなると、牧師は信徒の献金でその生活が支えられており、金銭的な力関係においては牧師の方が信徒より各が下であると子供心にも認識したのだった。はっきり言って
 牧師家庭というのは貧乏で身分の低い立場にあると実感したのだった。
 しかし、今は違う。信徒たちの献金によっては、生活は成り立たない、手弁当の単立教会であるからだ。しかも、単独で宗教法人だ。しかも同じ法人でデイサービスセンターまで行っている。しかも、このデイサービスでは、他のデイサービスでは考えられないほどのサービスが提供されている。何しろ、午前中から1かい6000円はかかるマッサージが無料で受けられる。何しろ。昼食は松阪きっての割烹料理旅館である八千代の御馳走がいただけるのだ。よほどの馬鹿でないかぎり、デイサービスといったら、
 デイサービスセンター新生ルーテルを選ぶだろう。
 普通では牧師家庭というのは、無力で抑圧されているものだ。多くの、否、教団に属している牧師家庭は基本的にそういうものだ。そのあたりが聖書の発する福音とどこまで、一致するのか・・・。私は疑問に思うのだった。教会、教会と言っても所詮は人の集まるコミューンである。そうである以上どうしても力関係が生じてくる。
 頑張れ、信じろ牧師家庭・・・
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by qpqp1999 | 2013-04-27 20:03 | キリスト教