別れ しかし 共に
2010年 03月 23日
神学大学の時
最初にレポートでAプラスをいただいたのは
教義学の時間で
そのとき、すごく誉めてくださり
その後も私を神学にむかわせてくださった
神学者 そして牧師 であられた
故 石居正己牧師の前夜式と葬儀式のため
ひさしぶりの日本福音ルーテル京都教会にいってきました。
親友の牧師と京都は出町柳のロッテリアで待ち合わせ
二人して行く
なつかしい教会の方々
神学大学の先生方
先輩 後輩 の牧師たちと
あつく握手をしてきました
葬儀式で出棺の時
「どなたか御棺をかついでください」
おそれおおいので私は黙っていたら
神学大学で友人であって今も友人たる
石居先生のご子息であり神学大学の教授である方が
「あっ 太郎先生」と呼んでくださった
御棺をかつがせていただきました
よく見たら神学校の校長も・・・
また後輩の牧師も・・・
先輩の牧師も・・・
一歩一歩が涙にかわっていきます
しかしこれは別れであり、またキリストにあって共にいることを
御棺の重さから知らされた
最初にレポートでAプラスをいただいたのは
教義学の時間で
そのとき、すごく誉めてくださり
その後も私を神学にむかわせてくださった
神学者 そして牧師 であられた
故 石居正己牧師の前夜式と葬儀式のため
ひさしぶりの日本福音ルーテル京都教会にいってきました。
親友の牧師と京都は出町柳のロッテリアで待ち合わせ
二人して行く
なつかしい教会の方々
神学大学の先生方
先輩 後輩 の牧師たちと
あつく握手をしてきました
葬儀式で出棺の時
「どなたか御棺をかついでください」
おそれおおいので私は黙っていたら
神学大学で友人であって今も友人たる
石居先生のご子息であり神学大学の教授である方が
「あっ 太郎先生」と呼んでくださった
御棺をかつがせていただきました
よく見たら神学校の校長も・・・
また後輩の牧師も・・・
先輩の牧師も・・・
一歩一歩が涙にかわっていきます
しかしこれは別れであり、またキリストにあって共にいることを
御棺の重さから知らされた
by qpqp1999
| 2010-03-23 21:47
| キリスト教