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牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

顕現節第三主日礼拝説教 マルコ福音書1章14節~20節

顕現節第三主日礼拝説教 マルコ福音書1章14節~20節
 共観福音書の中でマルコが他の二書と際だって違う点は、歴史的伝記的な文書を作ろうとしていない点があげられる。マタイ福音書はイエスキリストの系図を冒頭に持ってきていたりルカ福音書ではアウグストゥスの時代にイエスが生まれたという風に福音書文学でありながらも、そこにいくばくかの伝記的、歴史的な要素を組み入れている。それに対してマルコ福音書はそのようなイエスキリストの福音書における歴史性みなたいなものを最初から無視している。どのように、またどこに生まれ、育ったかというような類のものは付属的に記されているだけであり、冒頭に「神の子イエス・キリストの福音の初め」と題してこの福音書がまさに「福音」を記述したものであることを強調している。
 ところが、そういうマルコの基本が意外と歴史を、動かせない歴史の出来事を語っていることも実は注目すべき点ではないだろうか。「福音」とは実際に歴史に動いてこその福音であり、その意味でマルコ福音書は「福音」の書でありながら歴史に刻み込まれている「福音」の書なのでもある。
 特に今日の聖所箇所はまったく動かしたり、操作したりすることのできないしっかりした歴史に起った事柄が記載されているのである。洗礼者ヨハネが捕らえられたのも、歴史の史実に完全に一致しているし、後にペトロとなるシモンと兄弟のアンデレ、またヤコブとその兄弟ヨハネが使徒としてイエスに従い、初代教会を大いに発展させたイエスのまぎれもない弟子であったことはこれまた完全に歴史の史実に一致しているものである。
 今日の箇所でイエスの先駆者であった洗礼者ヨハネが捕らえられる。何故に洗礼者ヨハネが捕らえられたか、そのいきさつである。当時、ヘロデ大王と妻の一人マルタケとの間にできたヘロデ・アンティパスが王ではなく領主として存在していた。しかしマルタケは生粋のユダヤ人ではなく、父ヘロデ大王も生粋のユダヤ人でもなかったから、血筋の問題としてはヘロデ・アンティパスはコンプレックスがあったのか、ハスモン王朝の血をひくマリアムメとヘロデの間にできたアリストプロスの娘ヘロディアを妻とした。母は違えど近親結婚であったし、またヘロディアはすでに既婚であったから洗礼者ヨハネはそのことを厳しく批判したらいしい。そのかどで洗礼者ヨハネは捕らえられ、後に処刑されることになる。ヨハネ福音書ではイエスとヨハネは同時期に活動していたように書かれているか史実がどうであるかはわからない。マルコ書ではヨハネが捕らえられ、活動が止った後にイエスがナザレから「ガリラヤへ行き」活動を開始したことになっている。
 マルコ福音書ではイエスの活動場所は主にこのガリラヤであり、最後の最後になってエルサレムに上り、1週間たらずで十字架刑に処せられることになる。そして復活した後もガリラヤへ行くということが強調されており、ガリラヤはイエスの活動そのものをもすら意味する代名詞でもある。そしてここでまたマルコ福音書のキーワードが出てくる。
 「時は満ち、神の国は近づいた、悔い改めて福音を信じなさい」である。これがマルコの言うイエスの教えた「神の福音」である。
 「時が満ちる」というのはまさに満期を意味し、神の計画における終末の時、救いの時である。ここで一つの問題につきあたる。マルコ書が書かれた当時は確かにエルサレムも陥落し、まさに終末の様をていしていたかもしれない。しかし、今や2009年である。「時が満ち」てからもう2000年近くたってしまったのだ。ここでこそマルコの「福音」のメッセージが明瞭になるであろう。2000年間も生きてそれを待っていた人は一人もいない。大切なのはイエスがその「福音」の内容として世に顕れたということなのだ。そして、その時点でいつの時代であろうとも、どんなに価値観や文化が変わっても、変わることのない「福音」がイエス・キリストによったもたらされたことを知るのである。
「福音」、エヴァンゲリオンは直訳すると「良い知らせ」であるが、その意味はもっと宗教的な色彩が強く動詞形のエヴァンゲリセイになると「主の救い」といった意味になる。実はこのエヴァンゲリオンはキリスト教特有のものではなく当時、宗教的によく使われてもいた言葉ではある。初代ローマ皇帝アウグストゥスの誕生の記念碑にもそれは見出され、ローマ皇帝こそ救いであるという主張がなされてもいる。しかし、結果はどうだっただろうかローマ帝国は3世紀にはキリスト教化され1453年のコンスタンティノープルの陥落によって完全に滅びてしまっているではないか。反対に「イエス・キリスト」という「福音」は4世紀にはローマを支配しペトロ、ケファと呼ばれたシモンの殉教した場所バチカンを中心に地球一の宗教勢力となっていき、そして今我々の現在があるのではないか。
 では具体的に「福音」そのものである「イエス・キリスト」とはどういうものなのかと問われるならば、その人それぞれに訪れる「時の満ちた」「福音」の時と言うしかなくなってしまう。みょうな説法やギミックではなく私たちの人生とその終末に具体的に働く特種な神の働きとしか言いいようがない。それを強く印象付けるのが今日の最初の弟子たちの物語である。まだイエスは何等の奇跡も行っていない、しかも田舎のナザレからガリラヤに出てきたばかりの青年である、この青年が「ガリラヤ湖のほとりを歩」き、漁師をしていたシモンと兄弟アンデレに声をかける。すると「二人はすぐに網を捨てて従った」のだ。またヤコブと兄弟ヨハネも「父ゼベダイを雇い人と一緒に舟に残してイエスの後について行った」のだ。あまりにも奇妙な光景である。まるで何かにとりつかれたかのような現象だ。どこの馬の骨ともわからぬ青年の一言で誰が、全てを捨ててついていくだろうか。しかしそれが起ったし、それは歴史も証明しているではないか。ルカ書ではこの部分を不自然に感じたのか色々と奇跡があってからシモンたちは従っているが、マルコ書の「福音」はそうは言わない。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」の一言に全てが集約され、そこから全てが始まるのである。私たちにとってもそれは全く同様である。イエス・キリストの贖罪の教理構成とか教義、信条は多くあれども、それらはあとからついてきたものでしかない。はじまりは、あくまでも世に顕れた救い主「福音」すなわち「イエス・キリスト」につきるのである。それがどのように人に作用するのかは、まさに千差万別と言えよう。ただ、はっきり言えることは、この「福音」が顕れるとたちまちのうちに人は、そこについていく、従っていくようになるのである。その現象こそがまさに「悔い改め」「信じ」るということなのである。
by qpqp1999 | 2009-01-18 14:35 | キリスト教