牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

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むー

むー!!!
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by qpqp1999 | 2015-02-28 21:04 | キリスト教

ストパー

 ストパーあててきたむー!!!とても腕のいい美容師先生にしてもらってよかったんだむー!!!宇宙戦艦ヤマトの古代進みたいになっていた私の頭はサラッサラのストレートヘアーに生まれ変わった!!!
 来週以降には、おちつくので、白髪染めをしてもらう予定だむー。今の画像なんで晴れないかというと、
白髪が酷くて富士山みたいになっているからなんだむー!!!

 トリートメントもしてもらったし、ストパー用のシャンプー、トリートメント、コンディショナーも一緒に買うことができてとてもよかったんだむー。
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by qpqp1999 | 2015-02-27 21:33 | ファッション
主なる神は全知全能ではなかった!?!?!?その3
旧約聖書神学の授業で、私は英語の難しい論文をレポートせねばならず、高校で英語の先生をしていた神学生に頼んで、訳してもらって、それは、それは清重学長から褒めてもらったものだ。
その一方で独力で徹夜して英訳に当たった同級生はそれは、それは清重先生からおこられていたものだ。
そこで、私のレポートだが、まさに「主なる神は全知全能ではなかった」というレポートだった。私が、そのタイトルを読み上げると、教室中がどよめいたものだ。その旧約聖書の学者は「ヨブ記」をもちだしたのだった。「ヨブ記」では信仰熱心なヨブが神様から祝福されて順風満帆だったのだが。サタンは神に向かって「誰だってあんなに祝福されていたら信仰熱心になるに決まっているから災いをもたらしたらどうか」と言うのだった。
ファミレスからかきながら、つづく
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by qpqp1999 | 2015-02-26 19:11 | キリスト教
主なる神は全知全能ではなかった???その2
 昨日の私のフェイスブックのスレッドをご覧いただければわかるように、←私はフェイスブックのスレッド公開にしているから、みんなフェイスブックのアカウントとって、私を検索して←トップに出てくる ので 観るんだむー!!!
英文の神学論文というのはとてつもなく難しいものなのでした。私は九州学院の英語コースを良い成績で卒業したから、そこそこ英語に関してはそれなりの自信がありましたが、それだけに、その難しい英文論文の翻訳には躊躇したのです。そこでとった策は高校で英語の先生をしていた後輩の生徒の方にお願いして、その論文を訳してもらうことだった。
 果たして、その方は「うわー、難しいなあ、ええっとお」とか苦悩しながらも即興で訳してくれたのでした。それでもその即興訳のままでは、何がどうなんだか解らない状態で、私なりにいろいろ考えて整理しなければならなかった。そうです訳された日本語ですら、ナニ言っているかよく解らなかったのでした。
 そして授業当日、私のレポート発表の番が回ってきました。私は一抹の不安をなんとか振り切って、発表しました。
果たして、授業を担当する学長で旧約聖書学の清重先生は「すばらしいよ太郎君!!!良いレポートです。みんな、このレポートが良く解りましたか」

 と言ってもらえた、そして、次の番、同級生の神学生が徹夜してあの難しい英文神学論文を翻訳して、彼なりにレポートしたら
 清重先生は「〇〇さん、あなたは何をやっているんですか!?!?!?ちっとも訳が解らないではないですか、一体この論文のどこをどう読んだのですか!?!?」と怒りだしたんだむー!!!!
 ひえー怒られているー!!!私が昨日、自分で訳してみて、これは無理だと解って、よく英語のできる人に頼んで本当によかったと実感した瞬間でした。一応、私の名誉のために言っておきますが、その英語の先生だった人に即興で訳してもらった和文は決して、完結したものではなく、私にとっては辞書のそのまた先の辞書みたいな感じでしかありませんでした。その、なんとなあく。こんな感じという日本語訳と原文の英語をつきあわせて、私なりにもういちど、自分で翻訳したというのが正しいのです。
 ですから、このレポートは生涯忘れられない旧約神学のレポートになりました。いよいよ、一番書きたかった主なる神は全知全能ではなかった???その3を明日書きます。
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by qpqp1999 | 2015-02-25 18:21 | キリスト教
 主なる神は全知全能ではなかった???その1
私が日本ルーテル神学校最終学年の時に当時学長だった清重先生のもとで旧約聖書学を学んでいて、ヘブライ語とか大変だった。そもそもテーマにされる論文が英語で、それでレポート書かなければならない。
 まだドイツ語でなくてよかったが、それでも難しい旧約神学の論文が英語で書かれていて、それをレポートにして発表して下さいと言われてしまったのだむー ろろろ
 当時、私はルター寮という寮に住んでいたのだが、私の住んでいた部屋はルター寮の中で一番いい部屋だった。元々二人部屋の部屋を一人で入るというものだったのだが、私の前に住んでいた人と交渉して私がその部屋に入ることになったのだが、その部屋、床がバリバリに乾燥していて、修理しなければならない状態だった。そして、私が入るちょっと前に業者の人が来て、床を天然木でフローリングしていったんだむー。
 おかげで、普通の二人部屋はベッドが二つある状態で机も二つある状態のところに入るのだが、私が入った時にはベッド一つと机一つが取り払われて、新品の木の香りすらする、それは、それは広い一人部屋になったんだむー。
 私は丸い玉状の部屋を明るくするやつを持っていて、それで部屋をライトアップしていた。それはもう、超いい部屋になって、寮中の生徒たちが、皆、羨ましがっていたんだむー。
 そのスッテキな部屋で私はその英語の論文と格闘していたのだが、とてもじゃないが私の英語力では訳しても意味がさっぱり解らない。そこで、私は私の寮室の隣のそのまた隣のダサい方の二人部屋に入っていた後輩の生徒のところにいったんだむー。
 というのはこの生徒は私より何歳も年上の方で、高校で英語の教師をしていた経歴の持ち主だったので、
「ちょっとお願いがあるのですが」
 と言っては、即興で訳してもらいながら、それをメモにとったんだむー。その一方で同級生の神学生は徹夜で必死で自力で訳していた。私の方はたったの20分くらいでメモとったので、レポート書くのによく専念できた。
 はたして、私はびっくりするようなレポートを書くに至るんだむー。 つづく
 
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by qpqp1999 | 2015-02-24 19:15 | ネイルアート

価格破壊

 昨今の美容業界も価格破壊で挑んでいるんだむー!!!
 いつも私が通っている美容院は「アトリエ〇〇」というところなのだが、完全予約制←昨今はほとんどそうだ が、値段が高い・・・、ストレートパーマ当てようと思ったら三万円かかる。白髪を染めようと思ったら一万五千円もかかる。そこまでして何でここの美容院に通っていたかというと、
「つきあい」
だったからなんだむー。長年の松阪人気質というのがあって、特に松阪ではこの「付き合い」というのが大きなアドバンテージになっている。
 ところが、事件は一月前に起きた!!!私の母が、その「アトリエ某」に予約入れて行ったのだが、10分遅れたからという理由で断られてしまったんだむー!!!
 これはね、松阪人気質から言ったら、NGなんですよ。今や価格破壊でストレートパーマとか一万五千円でしてもらえるし、白髪染めなんか五千円くらいでしてもらえる世の中になった。それでも私がその「アトリエ××」に通ったのは松阪人気質である「おつきあい」を重んじたからだった。
 ところが、この「アトリエ〇×」はそれだけ関係を重んじている私の母に対して、たった10分遅れたというだけで、排除されたのだ。ここからが松阪人気質の出番です。そんな失礼な事されたら、もうそんな美容院には行きませんね???ちょうどデイサービスの女子職員がタイミングよく巨大スーパーの中にある美容院のクーポン券を今日くれたので、早速今週の金曜日に予約をとったんだむー、価格はなんとクーポン使用時に6980円!!!もうこれからは、ここに行く。映画館とかもあるし、色々楽しめるしね。ルーズソックスなんかも買おうと思っている。
 高いお金払って通ってやっていたのにあの「アトリエ××」は私の母に無礼なことをして、一人の顧客を失ったんだむー。松阪人気質をなめていたけっかなんだむー!!!ということで、癖っ毛がひどくて、宇宙戦艦ヤマトの古代進みたいになってしまっている私の頭はこの金曜からサラっサラのワンレングスロングヘアーになる予定なんだむー!!!もちろん白髪染めもしてから画像upする予定だむー!!!
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by qpqp1999 | 2015-02-23 18:33 | 美容

芦田愛菜

 芦田愛菜ちゃんカワユース!!!
 何しろ、元々がそんなに美系ではないのに、その演技力とか、個性で勝負してきたタレントさんだ。私が最も萌えたのは「のぼうの城」に出演している芦田愛菜ちゃだった。きっと、これ知らない人多いと思う。まるまるもりもりは皆が知っているが、「のぼうの城」に出演している芦田愛菜ちゃんを知っている人は少ないだろう。
 何しろ髪型が全然違うので、言われなければ、それが芦田愛菜ちゃんだとわからないくらい。汚されているんだむー!!!
 そんな昨今、この悪女みたいな小娘はとうとうNHKのBプレミアムで十歳の社長を演じていて、超長文のセリフとかも見事にこなしている!!!すごい!!!こんなセリフ回されたら、私だったら忘れてしまうほどのものだが、この娘は長文のセリフをきっちり、確実にこなして、演技している!!!すげい!!!
 この娘は単なる子役だけには留まらないだろう・・・。きっと日本の役者の最先端を行くとおもうんだむー!!!
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by qpqp1999 | 2015-02-22 18:27 | 動画
四旬節第一主日 礼拝説教マルコ福音書1章12~13節
 イエス・キリストの受難を覚える四旬節となった。今日の個所は「誘惑を受ける」と新共同訳聖書では題されている。マルコ書におけるこの個所を読む時、なんとなく物たりないと感じるのは私だけだろうか。実はマルコ書を資料にしたマタイ書もルカ書もこの物語を書いているのだが、この「誘惑」に関しては色々なエピソードが出てくる。いちばん、ボリュームがあるのがルカ書で、四十日の断食で弱り果てているところに「石をにパンになるように命じたらどうだ」とか、「この国々の一切の権力と繁栄を与えよう。それは私に任されていて、これと思う人に与えることができるからだ」とか「神殿の屋根の端に立たせて言った。『神の子ならここから飛び降りたらどうだ』というのはこう書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じて、あなたをしっかり守らせる』また『あなたの足が石に打ち当たることのないよう、天使たちは手であなたを支える』」とか書いてある。
 ではマルコ書はそう言う資料を省略したのだろうか。そうではない。元々がマルコ書の持っていたシンプルなもので、やがてマタイ書とルカ書でみられるQ資料によって、このエピソードに追加の出来事が書かれたと思われる。
 そうなってしまうと、マルコ書のこの個所はなんだかボリュームの無いようなものに感じてしまうのだが、そうではない。逆に色々なエピソード無しでイエス・キリストの最初の苦難についてストレートに語っていることがわかる。
 神様というのは意地悪だと感じたことはないだろうか。神様とはなんと不公平なのだと感じたことはないだろうか、神様とはなんと薄情だと感じたことはないだろうか。誰しもあるはずだ。もし神様という存在があるのなら、どうして、現在行われている戦争状態の地域の悲惨な現状、あるいは貧困と病に喘いでいる人々の現状が回復されたり、改善されたりしないのか。誰しも、そう思うのではないかと考える。
 日本みたいに比較的裕福な国に住んでいる私ですら貧困の現状があるくらいだから、ましてや野宿生活を余儀なくされている人たちにしてみれば、神も仏もあるものかという気持ちになるのは当然だろう。
 健康の問題でも同様だ、どうして、こんな病気に私に限って苦しまなければならないのか。どうして、他の人たちは健康に過ごしているのに私が苦しまなければいけないのかと。
 様々な意味で、どうしてこんな目に私に限ってあわなければならないのか、という神にたいする疑問と不満はだれしもが経験することであろう。
 そこで、祈って、それが解決するかというと、そうではないから難しい。どんなに祈っても治らない病気もある。どんなに願ってもかなえられない事態もある。
 では主は私たちを見捨てたのだろうかという時点に立たされる。実はそれこそが、今日の個所のイエス・キリストの「誘惑を受ける」と新共同訳聖書で題されたメッセージにつながるのだ。
 イエス・キリストと言う人ほど、どうしてこの人に限って、こんな悲惨な事が起こるのかという事態の代表みたいな人でもある。確かに、たくさんの人々から信頼を得ていたかもしれない。もしかしたら、この人こそ、ローマ帝国に屈しているイスラエルを復活させてくれるかもしれないと期待されていた人だ。しかし、実際にイエス・キリストに起きたのはユダヤ教保守層からの弾圧であり、それによる十字架死だったのだ。
 イエス・キリストははたして、それを好き好んでしたのだろうか。その点がとても大事だと考える。喜んで十字架につきたいと思って、ユダヤ教保守層と対決しただろうか。そうではないことが、ゲッセマネの祈りで「イエスはひどく恐れもだえはじめ」「地面にひれ伏し、できることならこの苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、こう言われた『アッバ父よあなたは何でもおできになります。この杯を私から取りのけてください。』」と祈ったではないか。
 そうだ、この苦難はイエス・キリストが人として当たり前のように嫌がった、避けたかった苦しみそのものだったのだ。しかし、それがイエス・キリストに限って起きてしまった。できれば無しにしてほしかったのに、そうではなかった。
 今回の「誘惑を受ける」という個所は、マルコ書の最初の部分なのだが、この時点でマルコ書は終末論的な書き方をしている。たとえば。ルカやマタイと違って、マルコ書は「野獣と一緒におられた」と書くわけだが。何故、ここに「野獣」が出てくるかというと、ユダヤ教の終末観によるものがある。終末の時、それはエデンの園みたいなはじめの時と同じように、創世記1章26節以下、2章19節以下、聖書ではないが「モーゼの黙示録」の10章、イザヤ書11章6節以下、にあるように、「野獣」はは人間に害を与えず、従うという事が書かれている。
 つまり、マルコ書はイエス・キリストのこの「誘惑を受ける」エピソードにおいて終末論を展開しているのである。それは、「裁き」の時を意味しているのではなく、あらゆる人々の苦難を共にしてくださるという、今、そこにある苦しみとじかにある奇跡の出来事を書いているのだ。マルコ書は原因はいろいろ言われているが最後の部分が中途半端みたいにして終わっている。16章9節以降は後代の書きたしであることは、新共同訳聖書ではっきりと明記されている。つまり、終末の最後のところが書かれていないのだ。あえて、書かなかったのか、たまたま損失したのか、原因は不明だが、驚くべきことにマルコ書はイエス・キリストの受洗の物語の直後にこの「誘惑を受ける」という終末観を帯びたエピソードを配置しているのだ。
 たとえば、新共同訳聖書でこのエピソードについて「霊はイエスを荒野に送り出した」と書いてあるが、この「送り出した」は原典ではἐκβάλλειエクバレイで「排出する」とか言う意味だ。「送りだす」というのとではえらく、意味が違う。もっと誠実に訳すなら「追いやられて」というのがいいのではないかと思う。
 そうだ、イエス・キリストは清らかに痛みや苦しみを癒すような上から目線の救い主ではなく、私たちと同じように、なぜ私に限ってというような苦しみを実に共にしてくださった救い主であるのだ。であるから、私たちはこの主イエス・キリストの苦しみの共有の中に救いを与えられるのである。
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by qpqp1999 | 2015-02-21 22:01 | キリスト教

性指向その四

 インターネットのSNSにおけるセクシュアルマイノリティーの事について書くと言いながらその序章だけで三回もとってしまって、すいまん!!!
 SNSソーシャルネットワークサービスSocial Networking Site、招待がないと参加できなかったりするのもあるけど、色々な趣向の人たちが、その情報を共有して交流するサービスだ。
 皆が知っている事だが、この十年でインターネット端末は物凄い急速に発達した。今や、「ガラケー」と言われる携帯端末からも簡単にアクセスできる。こんな時代が来ると、遠くない将来そうなるだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。
 そこで、上述のSNSだが、私から見ると特に色々な分野のマイノリティーの交流の場になったり、情報交換の場になったりしていると感じている。特にセクシュアルマイノリティーの分野でこれは、とても画期的なシステムになったと考える。
 セクシュアルマイノリティー今ではちょっと知っている人だったら、それは
「セクマイ」だよね
 と知ったかぶりされるくらいになった。

 実際、ヤフーのチャットとかで「レズビアン」や「ゲイ」の部屋もたくさんあったから、世の中進んだなあと思っていたのだが、それだけに留まらない。個人情報に関わるような重要な事態においても、このセクシュアルマイノリティーの交流、情報共有というのは実現されている。
 ざあっとググってみても「レズビアン」「ゲイ」でたくさんのSNSサイトが見つかる。「ニューハーフ」「女装娘」は意外に少ないろろろ。
 一昔前だったら「ハッテン場」に行かなければならなかった。一昔前だったら どうしていいかわからなかった。 のが、今や手に持っているガラケーからでもその交流の場所に行けるのだ。これは相当な進歩だと思う。これで、発展した「セクマイ」の人は少なからずいるだろう・・・。
 私も入会しているのはT'sLoveという「女装娘」や「ニューハーフ」←基本 あり の人とそれを性愛対象にする人々のSNSだ・・・。ここは、ほとんど席を置いているだけで、ほとんど見ていないのだが、毎日のようにセックス目的の人々からのメールが鳴りやまない・・・。
 せっかく出来た「セクマイ」のためのSNSなんだから「発展場」にしてしまわないで、交流、情報の共有の場所にしようじゃないかと思うのは私だけだろうかむーろろろ
 
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by qpqp1999 | 2015-02-20 21:35 | 性同一性しょうがい

性指向その三

性指向その三
 今回はセクシュアルマイノリティーにおけるインターネットのSNSを書いてみたいと思います。そもそも、私がこのネット端末にふれたのはインターネットではなくて
「パソコン通信」
だった。これはインターネットと違い、ワープロとか使って電話回線でつなぎ、特定のサーバーとその参加者のみで構成されているものだった。最初に参加したのは、まさに
「女装」
のサーバーだった。というのも、当時1980年代後半から1990年代前半、まだ「性同一性障碍」という名称すら世にはなかったのだった。それで、私は自分のことを「女装」だと思いこんで、このサーバーにアクセスしたのだった。そこで、驚がく的な事実を知る。それは
「ホルモン治療」
というものだ。何しろ、それを投薬されると体が女性化すると言うではないか。私は急いで、市内の病院中に連絡したが、けんもほろろだった。しまいには、心ある医師が
「ホルモン治療している友達(「ニューハーフ」を「生業」としている人たち)にききなさい。どこでも、ほいほいとは、やってくれんよ」
と言われたのだった。
 それから五年くらいした1990年代後半、ついに世の中はインターネットにアクセスし始めた。最初は電話回線だった。ピーひょろローみたいなアホみたいな音がして繋がるものだった。今みたいにヒカリみたいのはなかった。その頃はインターネットはある特有のパソコン操れて、モデム操作とか出来るような人でないとインターネットできなかった時代だ。
 はたして、私はそうであった。そこで、私がびっくりしたのが
「ニューハーフネット」
 という、インターネット創刊くらいから既にアカウント取っているサイトを見つけた事だった。そこでは、ニューハーフに限らず、特に「チャット」を使っての「女装娘」たちの団欒と、「女装娘を愛する人」との交流ができるサイトだった。もちろん、その「女装娘」の中に「ニューハーフ」と呼ばれる人もいて、チャットの識別区分で、「ニューハーフ」とか「女装」とかあったものだ。
 私は特に体に何かしてはいなかったので、「女装」ですいませんけど  と言って、参加したら、  
ほとんどの人が「女装だった」ろろろ
けっこう私的には衝撃で、なんとかならないものかと考えていたら、同じ三重県の「女装」の人が
あのホルモン治療してくれる医師を紹介してくれると言う!!!
↑この辺がパソコン通信とちがって、インターネットの世界だったのだ。かくして、私は医師の管理のもとでホルモン治療することができるようになった。
 それは、それは夢のような、そして生き返るような喜びだった。なにしろ体に卵巣を注射してくれると言うのだから、これは、なにがなんでも、いただきたいと必死だった。個人差あるが 乳房が出来始めた!!!これはもう、私にとって、絶対に離すことのできない治療になった。なにしろ、命の源と言ってもさしつかえない、治療だったのだ。
 インターネットがなければ、現在の私は存在していないだろう。とっくに死んでいるはずだ・・・絶望して・・・。しかし、今や、ホルモン治療の効果で生きている!!!本当にギリギリのところで生きている!!!もうこれから一歩も半歩も引くことはできない。今の現状がギリギリだ・・・。そんな私の命綱になったのが。このインターネットだったのだった。
 すいませんSNSの話までとどかなくて、だけど、当時の極限られた人だけが出来たインターネットで救われた、セクシュアルマイノリティーの人は多いと思う。その点だけとってもインターネットというのは素晴らしいものだと今でも思う。色々と、悪用されるようになってしまった。誰でも携帯電話からアクセスできるようになったインターネットの時代とは一線を画すものだったと思っているんだむーろろろ

 
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by qpqp1999 | 2015-02-19 19:42 | 性同一性しょうがい