牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

<   2013年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

観てきたむー

 永遠の0観てきたむー。私は原作の初版を持っていて読み終えてから何年も経ってしまった。率直にこの映画の感想を一言で言うと
 原作の悪い所が強調され、原作の良いところが省かれている
ということにつきる。
 原作の
 悪い所というのは
特攻を美化あるいはカッコよく描いている点で、受け取り方によっては特攻賛歌につながりかねない演出がされていることだ。
 良いところというのは
日本の政治家や軍令部や軍の上層部の人のマヌケさと零戦という飛行機がいかに非人道的な飛行機であるか、が強調されていることである
↑だから、映画では結局悪いところだらけになってしまっているんだむー。
 零戦LOVEな人にとってはCGで再現されて飛んでる零戦観るのは嫌ではないし、なかなか良く撮っていた。だけど
はっき言って真珠湾もミッドウェーもラストシーンもしょぼい事酷過ぎる・・・
昔の特撮怪獣映画みたいだった・・・だって日本の空母なんて赤城しかでてこないんだもん!!!
NHKの「坂の上の雲」の日本海海戦の方がずっと迫力あった・・・
 まあ予算もなかったし、仕方ないんだろうけど、もうちょっと努力を見せてもらいたかった。十年以上まえの米映画の「パールハーバー」の方が迫力あった。時代考証と大マヌケだったですけれども。
 もちろん戦争批判は一切ありません。そりゃそうだ、エンドロール観ていたら、
防衛省が協力しているむー
 ちなみに、今、このブログ打っている、パソコンの上には零戦の坂井さんバージョンが飾ってある。こないだ観た「風たちぬ」の九式単座戦闘機と二郎の鳥型飛行機も飾ってある。
 皆さまよいお年をむー
by qpqp1999 | 2013-12-31 20:03 | 映画

一息ついていない・・・

 クリスマス、いつも奉仕、もっと直結して言うなら、助けにきてくれるお兄さんが今年は連絡とれなかった。このお兄さんはカッコいいタトゥー入れている。職業はバリバリにカタギですが、タトゥー見なくても、ちょっと怖いくらい、迫力ある人だ。その意味は目がしっかりしているという意味だ。そして、優しい、カッコいい人だ。
 そんなお兄さんと今年は何度電話しても連絡つかない。とうとう助けてもらえなかった。このお兄さんはいつも、私の遣わされている新生ルーテル教会の色々なイベント、特にクリスマスとか助けにきてれる。相当助かったものだ。だが、来てくれなかったのか、来れない何等かの事情があったのか、今年は助けてもらえなかった。たとえば、このお兄さんは、クリスマス礼拝・コンサートのために教会堂の一階をビデオで中継して二階、三階のモニターに画像を運ぶとかしてくれた。また、私の演奏しているところを写真に撮ってくれた。
 そういうわけで、今年の私のコンサートの画像は無かったのですが、先日、書かせていただきました
ジャズギタリストの方が撮っていてくれたむー!!!
b0130652_17271434.jpg

ブルーズには色々バリエーションがあります。ブルーズが一般に知られるようになったのは1903年のことでした。もっとも「黒人霊歌」とか「労働歌」とかは既にありましたが、こういうポピュラーなのが米国で認知されるにはちょっと時間がかかったのです。たとえばデルタブルーズというのはミシシッピ州のアフリカ系アメリカ人の出稼ぎの人たちが移動していて、ちょうどギターくらいは買えるくらいになっていて、そこで、一人弾き語りするというスタイルが評判を呼んだのでした。
 私もバンドないので(クリスマスだけ愉快な西井親子に助けられている)、やはり、リゾネイターギターでボトルネックとかで弾き語るのでした。いつでも、どこでも、すぐに演奏できるという点では傑出して、良い演奏スタイルだと思います。
 時代が段々とブルーズに影響されてセントルイス、シカゴまで北上します。そこで、段々とピアノとコントラバスのセッションとか行われるようになり1950年くらいからバンド編成のシカゴブルーズというのが広まることになりました。
 時代はすごいもので、そういうアフリカ系アメリカ人の人たちをルーツに持つ音楽が、私の遣わされている
日本国三重県松阪市の教会で
オルガンとシンセベイスとドラムスと私のギターでシカゴブルーズに演奏されるなんて、きっとロバート・ジョンソンは天国でニヤリとしていると思うんだむー。
by qpqp1999 | 2013-12-30 17:40 | キリスト教

新訳聖書にけつまづく

 キリスト教に関心をもって聖書読もうとする。旧約聖書だったら、最初けっこう面白い。創世記だ・・・。アダムとイヴの神話とかいろいろ、バビロニアの宗教の影響を受けているのがよくわかるし、話しとしても面白い。
 だけど、旧約聖書ではなくてイエス・キリストの伝記みたいなのを読みたいという人は旧約聖書かっとばして、新約聖書のマタイ書から始まることになる。
 大概の場合この冒頭の
 アブラハムの子ダビデの子の系図と題してガツンと見たことも聴いたこともない名前がずらっと出て来て、それを読まされる。その時点で、面等臭いもう読むの止めようと真面目な人はなってしまう。
 予備知識がないと、超ウザい個所なんですが、実は、これほどオモシロい系図は無いんです。当時の系図では男性、お父さんの名前をズラズラと並べていくだけのものなのですが、マタイ書はここに女性を入れている。これが抜群に面白いんです。
 最終的にはヨセフというよりはマリアに行きつくように仕組んであるんです。本当ならヨセフこそ表舞台に立つはずでしょう、ところが、この一番いい部分をマリアにしている。それどころか、
 本来男性ばっかで、いなければならないのに女性がマリア入れて五人も出てくるんです。
 真っ先に出てくるのがタマルです。この人は売春婦でした。もっと正確に言うと神殿売春婦に身をやつした人でした。一体全体どんな神殿なんだと思ってしまいますが、実は男娼もいてかなりカオスな世界になっていたらしいのです。でも、そんな歴史認識かっとばして、これだけ人から差別されている人を筆頭に持ってくるのです。
 その次の女性ラハブもまた、娼婦としてエリコの街の人から紹介された人でした・・・。そして次に出てくる、キリスト教信者が好き好んでつける ルツ はイスラエルの敵のモアブ人でした。
 しまいにはバトシェバは王たるダビデの不倫の相手です!!!
 つまり、マタイはわざわざ、この一見、退屈な系図を用いて、その信仰の方向性を発しているのです。
イエス・キリストは「汚れ」の中に産まれたと・・・
 これが新約聖書の冒頭部分なのですから、聖書って見逃せないですね。つまり、踏みつけにされたり、差別されたり、苦しめたられたりいる人の立場にたって描かれているんです。もう、単なる「宗教」とか「イデオロギー」とか超えているわけです。
 問答無用で、今、しんどい思いしている、そのあなたに主が働かれることを保証するのが聖書なんです。
by qpqp1999 | 2013-12-29 20:09 | キリスト教

デブ

 このブログで、今年のクリスマスの私の画像を観ていただければ、解るように、私はこのクリスマス、
デブだったむー!!!
身長が167.5センチに対して体重が60キロもあったのだ!!!おーまいがー!!!それも、そのはずで、クリスマスで忙しくてストレスもたまり、喰いたいものを喰って生活していたら56キロだったのがたったの三日くらいで60キロになってしまったのだ。
 もうね、私的にはありえないんですよ・・・こんな醜態をさらしてしまって、ものすごく後悔した。そこで、クリスマスも終えた26日からダイエットを始めた。
 庵野もよ子さんも愛用しているスマーティーという秘密兵器を使ったのだ。
 これは、かまぼこ型のドームのサウナなのだが、遠赤外線によって体の芯から温めて、代謝を促進させるものだ。これに毎日、二時間、映画を観ながら入り、その後、お風呂でトドメを刺すというものだ。
今日28日、ダイエットを開始してから三日間、
7キロ落としました。53キロになったむー!!!
 一日に2キロ以上、落とし続けた計算だ。スマーティーに入っている間にお茶を750㎎映画みながら、飲みつづける、お風呂はいっている時は炭酸水250㎎飲む。つまり1ℓ飲んでいるわけだ。ということは、スマーティーに入る前より1キロは増えるはずなのに、こんだけ飲んでいても2キロも減る。
 超体に悪いむー!!!下手したら死んでしまいますよ!!!だけど、私は絶対に自分がデブになるのは嫌なのだ!!!たとえ、それが命がけであったとしても、私は痩せると言ったら痩せるのだ。もう精神病だむー!!!
 とうとう、今日、お風呂から出たら、体が悲鳴あげていて、ちょっと姿勢の手を抜くと、手とか、腹筋とか、お尻とか、足とか筋肉が痙攣を起こす。
 こうやってブログ書いている時も、いつ、痙攣が襲ってくるかわからない。それでもせっかく、つやつやにした髪の毛にクセついちゃうの嫌なので、完全に乾燥するまて゛起きているつもりだ・・・。
 しかし、こと、デブに関しては私はサイコ野郎だむー。くれぐれも皆さんはこんな馬鹿なマネはしないでください。
by qpqp1999 | 2013-12-28 20:17 | 美容
 川崎哲さんのブログをそのまま掲載します。アドレスが私のブラウザでは表示されなかってので 
安倍首相の靖国参拝に世界中から批判の声が上がっています。私自身も、靖国参拝にはキッパリと反対です。ツイッターに以下のような文章を投稿しました。ご意見、ご感想があればお願いします。なおピースボートは、多くの市民団体と共に、安倍首相の靖国神社参拝に抗議する共同声明を出してます。
 安倍首相の靖国参拝は、中韓はもとより、米、EUそして露からも批判を浴びている。国際的には、安倍首相のこの行動を支持する声は一つもない。日本は完全に孤立している。だが悩ましいのは、日本国内には「何となく支持」という声が少なくないであろうことだ。
 一部のゴリゴリの右翼「愛国」派はさておき、「国のために命を落とした人たちを追悼すること自体は悪いことではないのではないか」という感覚を持つ人は少なくないと思われる。とくに若い層にその傾向はある。近現代史の教育が圧倒的に不足しているからと言えるだろう。
 近現代史の教育を受けていない若者からすると「戦争で犠牲になった人を追悼するのに、なぜそんなに外国から批判されなければいけないのか」という疑問や反発もありえよう。そこで「若い者はなっちょらん」などと言っても通じないので、私なりに、靖国参拝がなぜダメかを分かりやすく書いてみたい。

 まず、日本はかつて、朝鮮半島や台湾を植民地支配し、そして中国や東南アジアに侵略戦争を行った。それによって2000万人もの命が奪われた。日本でも300万人もの人たちが亡くなった(東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など)。
 戦争には責任者と被害者がいる。日本の侵略戦争を立案、指揮、 遂行していた責任者が「A級戦犯」と言われる人たちだ。靖国神社は、これら侵略戦争の責任者たちを祀っている。そして神社自体が、侵略戦争が正しかったとの歴史観に基づいて運営されている(侵略戦争を賛美する博物館が神社内にある)。
 戦前・戦中の日本は、軍国主義の発展が、国家神道という「国営の宗教」に支えられてきた。政治が宗教を後押しし、その宗教をたたき込まれた人々が戦争を支持するようになっていった。現代世界では「イスラム原理主義武装勢力」があるが、宗教が政治と結びつき暴力を支えるという意味では、似ている。
 靖国神社は国家機関でも何でもない、一宗教法人である。そこに首相や閣僚が公金を使って参拝するのは「政教分離の原則」に反する。これがなぜ問題かというと、かつて戦争を賛美する宗教を政治が後押ししてきた歴史があったからだ。靖国神社は、今でもかつての侵略戦争を賛美する考え方を持っている。

 「戦争で命を落とした人たちにお参りするのは当然のこと」という意見について。「A級戦犯は問題だけれども、戦没者追悼は当然だ」という気持ちを持つ人は多いだろう。ここではっきりとさせておきたいが、靖国神社は戦没者追悼の施設ではない。
 戦争では日本でも多くの人たちが犠牲になったが、靖国神社は 「国のために戦って命を落とした人たち」とそれ以外の人たちを分け、前者を祀っている。政治指導部の命令にしたがい、戦争にかり出された人たちだ。彼らは責任者の過ちによる被害者なのだが、責任者と一緒に「英雄」として祀られている。
 戦争には責任者と被害者がいる。多くの日本兵は被害者だった。(もちろん戦場では侵略者、加害者だったのだが、日本の政治指導部との関係では被害者だ。)本来被害者は、責任者に対し謝罪や補償を求める立場にある。だ が靖国神社は彼らを「英雄」として持ち上げ、責任者の責任をうやむやにしている。
 東南アジアの戦場に送り込まれた日本兵の多くは、補給を断たれ飢えで死んでいる。指導部の無責任な指揮・作戦の結果、棄てられたのだ。「国のために戦った」なんていう”美談"では済まされない。
 最近テレビや映画で、特攻隊やらかつての日本兵を 「国のために戦った若者たち」として美化するような物語が流行っているようだが、私には気持ち悪くてしょうがない。戦争は美しいどころが、むごたらしく凄惨なものなのに。そんな物語をもてはやしてきたマスコミにも責任の一端がある。
 自分探しの若者たちが、いくら探しても見つからな いので、かつて軍国主義の国営宗教にやられて戦争に突っ込んでいった若者に共感し始めているのかもしれない。それだったら早く目を覚ましてほしいものだ。 安倍首相の靖国参拝で世界中から非難囂々の今の状況が、よい冷や水になるとよいが。

 戦争の責任者の責任をうやむやにし、被害者と責任者をまぜこぜにし、被害者を「英雄」にまつりあげる。過去の戦争を肯定したい人たちや、これから戦争したいと考えている人にとっては都合がいい。戦争がも たらす犠牲を神格化する儀式だ。靖国参拝が「戦争への道」「軍国主義」と批判されるゆえんだ。
 戦争の被害者や犠牲者を追悼し、その体験を語り継ぐ取り組みは、戦争を遂行した側の論理に沿ってではなく、被害者たちの人間としての体験に即して営まれていかなければならない。そして、惨劇を生み出した責任と構造を暴き、批判し、二度とくり返さないための教訓と行動を引き出すものであるべきだ。

 以上、靖国参拝は「戦争で命を落とした人にお参りし、平和を祈る当然の行為」だと考えているかもしれない人向けに書きました。その気持ちは大切だと思いますが、靖国神社やそこにお参りする政治家たちは、その貴方の気持ちとは全く反対の方向を向いているものですよ、ということが言いたかったです。

2013.12.28 川崎哲
by qpqp1999 | 2013-12-28 15:06 | 政治
アーリントン墓地と靖国神社を一緒にするな!!!
 安陪は明らかに狙ってやっているんですよ。ナショナリズムというかファシズムというか、きっと自分が偉くなったと勘違いしているんだと思う。きっと軍産複合体と一緒になって、懐かしき、「大東亜戦争」(太平洋戦争)で活躍してくれた、あの靖国の時代でお金儲けしたいと思っているんですよ。
 靖国という一種の宗教、というか、明らかに国家神道で、宮崎駿がもののけ姫で描いている八百万の神とは違うのです。靖国は、信教の自由を剥奪し、人権すらもはく奪する大日本帝国を利用した軍産複合体、すなわち軍需産業もっと正確に言うと財閥。それとそれで美味しい思いができる政治家に都合のいいようにする、社会的にも民族的にも宗教的にも絶対化させて国民を黙らせた暴力なのです。また言う人は殺されたり、半殺しになった、という歴史認識を踏みつぶしている暴挙です。
 アメリカでもこの行動にはちょっとビビってしまって、「アメリカと日本は友達だ」としながらも「残念だ」と表明している。これでも、かなり慎重で、勘ぐってしまうのは、
 できたら日中韓でドンパチやってくんないかな
とすら思っているんじゃないか、そしたらアメリカは喜んで戦争できるしと密かに期待しているのではないかということだ。
 そういう仕組みを考えると、靖国に総理大臣として参拝することは靖国の絶対化に賛成だ、大日本帝国に賛成だ、できたら戦争して、お金儲けしたい!!!というゼスチャーなんです。つまり、靖国以外の宗教やイデオロギーは排除するという意味が強くて「戦争で散って行った人たちに手をあわせる」なんていう御託はもうウンザリなんです。だって、もう一回、戦争したいんだから・・・
 アーリントン墓地と靖国を一緒にしないでほしい。何故ならば、アーリントン墓地は絶対化されていないのです。まさに、全ての宗教を含めた慰霊墓地なのです。それはそれで、また問題もあるのですが、少なくとも「アーリントン墓地でまた会おう」とか言って戦意高揚は行われませんでした。そこが、決定的に違うところです。尤もイオウトウの戦意高揚の宣伝にはなったけれども靖国みたいな絶対化された暴力までは至っていない。
 そういう意味で靖国が残っているのはマッカーサーの最大のミスであったということは言っておこう。
by qpqp1999 | 2013-12-28 14:43 | 政治

サンタクロースその5

 サンタクロースその5、語呂がいい、サンタクロースその後というタイトルでもよかった。前回までで、書きましたようにサンタクロースの原形はキリスト教の聖人でそれがノルウェー、フィンランドの十字軍とロシア正教会の十字軍がラップランドという北の地域を侵略し、地元のサミー人を強制的にキリスト教にした際に、そのサミー人の昔話までがキリスト教化して、現在の赤い毛皮で空飛ぶトナカイ綾って家々の煙突から入って行く不法侵入してプレゼントくれることになったのでした。
 凄いなあと思うのは、小学校高学年になっていても、まだサンタを信じている子供がいることだ。そんな昨今、私は日本ルーテル神学大学(今のルーテル学院大学)の神学生だった時、背筋も寒くなるような名称の部活に入っていた。そのサークルは学園祭とか、夏のイベントとかを取り仕切るものだった。その名も
ハッピーメイカーズ
↑その名称が寒いだけではなく、英語として文法的に成り立たない。と初めて新入生を部活に入れる紹介の会で思ったものだ。だけど、そういうイベント企画したりするのは好きだったので入った。
 そこで、やっていた一つに、クリスマスに請け負いサンタクロースがあった。事前に地域の御家庭からプレゼントを預かって、サンタに扮してから、夜に、本当にサンタが来たかのようにその家を訪ねて、その家の子にプレゼント渡すというものだった。丁寧に本当にトナカイに乗ってきたかのように、サンタに扮している以外の学生がトナカイの鈴の音をシャンシャン言わせていた。
 効果は的面で子供たちはマヂで感動していた。
しかし、事件は私がサンタに扮していた時に起きた。
 たまたま、場所が悪かった。このアホみたいな名前のハッピーメイカーズの部員たちが鈴の音をシャンシャン言わせながらその対象の家族のもとに接近した。しかし、そこはアパートだった。そりゃあ鈴の音が、外でシャンシャン言っていれば、他のお宅にも聴こえるわけですよ。
 そしたら、請負いしていない、お宅の子供がドアあけて出てきて「あっ!!!サンタさんがきたー!!!!うわーい」と喜んでしまったむー・・・
 すまん、君にあげるプレゼントは無いんだ・・・。
サンタになっている私は途方にくれたものだ・・・
駄菓子の一つでも用意するようにその後なったんだけど、その時はどうしようもなかった。子供の純朴なサンタ信仰を踏みにじってしまったのだむー。
 実は、それ、けっこう現代でもあると思うんですよ。サンタ教の信者のお宅では、確かにクリスマスにサンタからプレゼントもらえるけど、そうでない家ではサンタ来ないぢゃないですか???そりゃあ、サンタ教の信者の家の子供からしたら嬉しいだろうけど、そうでない家の子供が、それではあまりにも可哀そうぢゃないですか。なので、キリスト教会の使命の一つとしてサンタ教に対してもう、一層の事、抵抗し反対すれいいんぢゃないかと思ってしまうんだむー。だって、世の中にはサンタいくらまっていても来ない可哀そうな子供たちが現実として、いるんですから、キリスト者としては、そういう可哀そうな子供と連帯するべきだと思うんだむー。
by qpqp1999 | 2013-12-26 19:04 | キリスト教

キグリム

 カトリック教会、ルター派の教会では司祭(神父、牧師)はアルバという白い着物に、ストラという袈裟をかけて、キグリムという帯をしめる。
 大抵の場合は白い繊維で出来たやつを編んだ長いヒモだ。しかし、これは帯というより綱なのだ。大抵の場合、司祭になるための「授手礼」の時に、教会の偉い司祭に締められる。意味は、聖書に由来するのだが、「自分で自分の帯をしめて自由に生きられなくなり、縄を締められて、行きたくないところに連れていかれる」という意味がある。宣教のために自分の意思を曲げて、行かなければならないと言う事でもある。私なんか、つくづく、そう思いますね、人生どうしてくれるんだ・・・かみさま・・・クリスマスに強く思う。
 そんなクリスマスという大舞台なのに父親のキグリムがどっかいってしまったむー!!!礼拝の時間は刻々と迫る。何やってんだ!!!そこで、私は神学生の時の事を思い出したにのだむー。ストラという袈裟は「授手礼」を受けなければつけられないが、この帯のキグリムは神学生時代から締められる。言わば、神学生になった時点で不合格にならなければ、その人の人生はイエス様のものになってしまうのだった。
 大抵の場合、カトリックの袈裟とかキグリムとか売っているピエタという店で、ルター派なのに、カトリックの司祭を装って買っている人は少なくない。尤もピエタの方も、一体だれが司祭であるかないか解らないから売るしかない。ちなみに、私の場合、長髪にしていて、当時としては珍しく茶髪にしていた状態で行ったので、「どちらの司祭様ですか???」と詰問されたものだ。そうでなくとも、ただの帯が何万円もする。
 私は買うの止めたむー!!!私は家からの一切の仕送りなしに、奨学金とアルバイトだけで神学生やっていたので、キグリム買うくらいなら、自分でホームセンターに行って、白い綱買って、編んでやるわいと思い、実行した。神学校で先生が「太郎くんの帯は本当に綱みたいだね」と言われていたものだ。
 そこで、父のキグリムが無----い!!私は言った
「ホームセンターに行って白いヒモ買ってコイ!!!」
 つくりました、新たに父のキグリム。
b0130652_22473841.jpg

 娘と孫と妹にキグリムを編んでもらったむー!!!幸せなクリスマスプレゼントだ、残念なのは父はあまり、そのありがたさに気がついてないことかもしれない。
by qpqp1999 | 2013-12-25 22:50 | キリスト教

じゃずぎたりすと

 今日はクリスマスイヴの礼拝とコンサートだったむー。朝から妹と姪っ子、甥っ子、叔母、従妹が助けに来てくれた、おかげで、出来た、家族総出だむー。近所のサークルKこれは名前出して絶賛しましょう。広大な駐車場を提供してくれました松阪垣花店だむー。まりがとうむー。
 実はこれで、終わらない、私が遣わされている、新生ルーテル教会は25日もクリスマス礼拝・コンサートをメインでやる。明日のために、しばし、ブログ書きながら精神静養している。
 デイサービスに来所してくれているご利用者も何名か来てくださいまんた。一人目あった時に私が、珍しくメイクしていて、よほど人相が変わっていたらしくて、その御高齢者は あ・れ・だ・け 親しくしていて、送迎の時なんか手とかぎゅーって持ってくる方が、私をしげしげと観ながら、
 「あなたは、老人会←この御利用者はそうだと思っている の人?・・・に似ているわね」
と言われた。
 他の方は、私がオルガン、ドムス、シンセベイス、ギター、ボーカルでガインガインにディストーションさせたら、
 「あんたのギター凄い音やなしびれたわ」
と言われた。
 そして後半になって、松阪きっての、否、三重県きってのジャズユニットが演奏してくれた。で、よく見ると、そのジャズギタリストのギターがギブソンのフルアコのいつものと違うのになっている。一見、ピエゾピックアップのプリアンプつきにみえるんだけど、なんかちょっと違う構造のギターだ。ジャズギタリストが言う。
 「これ、ビンテージ、あなたの車と同じくらいの値段だぜ」
と言われた。
 ところが、事件はその直後に起きたむー!!!
今日のコンサートの司会は、ミュージックベルの演奏グループの指揮者の方がしてくれたので、私は上手っていうんですか、向かって右側の説教壇に隠れながら、説教壇の中に仕込んであるミキサーの音を切ったり入れたりしていた。
 そこで、そのジャズギタリストの方がアンプ置きに私の横の上手にすっぽりはいった。
そしたら、トリの男性合唱団の人がドッとステージに上がってきて、ステージの上はオルガンやらドラムスやらギターアンプやら置いてあって面積狭かったので、あっという間に満員になった。
 とうとう、ジャズギタリストの方は私のアバルトが買えるくらいのビンテージギターを大事にかかえて、しゃがんで隠れているしか、なくなってしまったむー!!!
 男性合唱団の演奏は続く、ジャズギタリストはしゃがんで、苦しい姿勢で、私のアバルトが買えるくらいのギターを大事に持って一生懸命踏ん張っていたが、段々疲れてきたらしくて、気晴らしに、私のエフェクターケース観たり、中にあるワイヤレスシステムの受信機とか観たりして、苦痛をしのいでいた。
 しまいには、とうとうスマホを持ちだして、ネットやりだした。←男性合唱団の演奏聴けばいいぢゃないかと思わないでもないが、その気持ちは解る。私も隠れていてしんどかったからだ・・・・。
 男性合唱団の素晴らしい演奏が終わるとジャズギタリストは急いで退場していった。そのあとは、しめに「きよしこのよる」を三重県きっての男性合唱団の指揮者のもと歌って終わった。
 ちなみに三番まで歌った。長かった・・・・。
by qpqp1999 | 2013-12-24 23:00 | ギター

キャロリング

 クリスマスキャロリング、今日やっと終わって帰ってきた←そんななげやりな言い方ないだろうと思わなくないが
何しろ疲れた・・・
 今年もたくさんの人に支えられて、無事終えることができた。キャロリングとはその名のごとく、クリスマスの讃美歌(たいてい、きよしこの夜)を夜に、蝋燭に灯を灯して家々を歌って回るのだ。今年は20名以上の子供と十数人の大人の奉仕によって、松阪のそれこそ和田金まで廻る。和田金で歌う時、さすがに蝋燭こぼしたら怒られそうなので、外で歌おうとしたら和田金のおかみさんが自ら出てこられて「どうか、中に入ってください」と言われた。
 松阪のあの、和田金の中で、子供たちの歌声が清らかに響く。伴奏は私のガットギターだ←最初もガットギターだったんだけどミニエレキギター手に入れてエレキギターでミニアンプにコーラスリバーブかけてやったら顰蹙かったので、その次からフルアコになって、とうとうガットギターになってしまった。でもガットギターは意外に音量があるので下手なアンプ内蔵のエレキギターより音がいい。
 出発拠点である松阪市産業文化センターから出発して松阪旧市街(即ち、織田信長の家臣、蒲生氏郷がこしらえた街)を讃美歌歌いながら練り歩く。
 一時間以上歩いて賛美して廻る。休憩時間のヤクルトも美味しかった。たいてい十軒くらい終わるところで、子供たちは「あとなんげんなのー?」と言い出す。それでも頑張って歌ってくれた。感謝だ。おおいに、子供たちにむくいたいと思い、かえってきたらおかわり放題に近い暖かい肉まん、暖かい、飲み物が待っている。
 そして、私はガットギターをエレキギターに持ち替える。この夜は可愛く、フェルナンデスのZO3スノーホワイトだ。この機体が他のZo3と違うところはハンバッカーでディストーションがついているところだ、これをメタリカみたいに、ズズズズんと言わせながら「落ちた 落ちた」とか歌遊びする。
 最後はプレゼントの時間で盛り上がる。私はこの行事何年十年もしている、産まれた時からしているが、やはり最後のプレゼントのシークエンスは山場だ。それだけに、子供たちがどういう玩具を好きなのかその趣向性を知っている。子供は光り物が好きだ。そして、私が用意したのは押すとピカピカ七色に光るカエルと押すと三段階のパターンで光る指輪だむー。「でましょでましょ」の歌遊びで「今年初めてこのキャロリングに来た人ー」とか言って、子供たちはプレゼントの取得権がゲームで選ばれる。こっちから見ててもよくわかるくらい子供たちはワクワクする。そして、私はこのイベントに一つ仕組みを作っていた「光るカエルと光る指輪がもらえます」と言って部屋の電気を消して、その光具合を示す。そして、また会場に電気をつけてから「スペシャルな人は、このカエルと指輪がもう一つもらえます!!!」とトリックをかけた。子供って面白いもので、おんなじものなのに、何個でももらえればもらえるほど喜ぶものなのだ。
 そしていよいよ「でーましょ でましょ」(私) 「なーにが出ましょ」ときてから
「今日、このクリスマスキャロリングに来て歌ってくれた人」(私)
 一瞬子供たちは、止まったが、全員がスペシャルであるということが解ってから、みーんなが、わぁぁって集まってくる。最高のひと時だ。画像はその歌あそびしている私目つぶってますが・・・
 
b0130652_2158165.jpg

そして、すごいことを皆さんにお知らせしよう。このクリスマスキャロリング。私の産まれる6年も前から私の父がやっていて、今年で55年になるのだが、
ただの一回も雨がふったことがないんだむー!!!ハレルヤむー!!!
by qpqp1999 | 2013-12-23 22:01 | キリスト教