牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

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降誕後主日礼拝説教 マタイ福音書2章13節~23節
 今回の個所には、二つの伝承が用いられ、マタイによって編集されている。もともと「占星術の学者」のエピソードと「ヘロデ大王」のエピソードは別の伝承集であったということは、ほぼ明らかである。一番確実な答えとしては、あの政略家たるヘロデ大王が占星術の学者に斥候もつけずに送り出したという点だけで合点がいくであろう。しかし、意外なことにこの「ヘロデ伝承」と「占星術の学者の伝承」はある地点でまとまっていたという説もある。尤も、マタイの時点でまとまっているのではあるが、マタイ自身のオリジナルというだけのことではないようである。
 マタイ福音書の云わば「クリスマス物語」でとにかく強調されているのは、イエス・キリストの誕生とその次第が旧約聖書、当時であれば「聖書」の預言の成就であるということである。
 今回もヨセフは寡黙に淡々と「夢のお告げ」にしたがって行動する。セリフは一切無い。前回の説教でも話したけれども、当時のユダヤは多くは早婚で男性は16歳、女性なら13歳くらいであったという。現代の我々から見ると子供が結婚しているように見えるが、考古学的検証によって、おそらくはそのあたりの年齢で二人は結婚している。聖書において、福音書記者がいくら、伝承を編集しようとイエス・キリストが生まれたのは絶対確実な事であるし、そうであるならば、当時のユダヤの一般的な結婚の年齢もまた現実的なものとしてみてよいであろう。それだけに、もしこの、マタイのクリスマス物語が事実であれば、それは相当な困難をこの若き夫妻は打破して進んだことになる。この点において今回は話しを進めてみたい。
 このマタイのクリスマス物語はとにかく大変なことが起きている。しかも迷惑な話ばかりである。「占星術の学者」がやってこなければ、「ヘロデ大王」に次の王の誕生が知られることも無かったし、「占星術の学者」が無責任にも黙って「夢のお告げ」に従ってヘロデのところに帰らなかったからヘロデは「だまされたと知って大いに怒っ」たのであったし、そのせいで「ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、殺させた」のであった。この救い主の誕生のおかげで、ヨセフもマリアも一般人もえらい目にあわされるのであるが、マタイはそこに救いの成就を告げるのである。
 このマタイのクリスマス物語は、実は当時のユダヤにとっても主の救済的なモーセ伝説があれこれとあったのだった。もともと、このユダヤ教にあってはモーセによる出エジプトの物語がなくてはならないものであった。それは、今日にも続いていて、安息日、土曜日の礼拝ではモーセ五書が大事に読まれるのである。
 そこで、マタイはこのモーセ伝説を踏まえた上でキリスト論を展開していく。キーワードは「エジプト」である。逃げるのであれば、どこでもいいはずだが、あえてマタイはこの幼い夫妻とイエス・キリストの逃避行の目的地にエジプトを選ぶのである。それは、この逃避行が旧約聖書、当時の人々にとってみれば「聖書」の預言の成就なのであった。そこでこそ、大きく描かれているのが「モーセ」による「出エジプト」即ち、救済の成就だったのである。「「私はエジプトから私の子を呼び出した」と主が預言者を通して言われていたことが成就するためであった」とあるのはホセア書11章1節~の引用であるが、マタイは七十人訳と呼ばれるギリシャ語の旧約聖書を独自に再解釈して引用していることには注目しなければならない。七十人訳では「子」がτέκναタクナとなっているのに対して、マタイ書ではυἱόνフィオンと「私の子」と「子」という言葉を恣意的に区別している。もちろんそれは大虐殺にあう「男の子」にもあてはまり、同じ「子」でありながらもこちらはπαῖδパイダスになっていてフィオスではない。つまり、神の子としてしての称号をここにマタイは解説しているのである。
 そこで、史実として「二歳以下の男の子を、一人残さず殺させた」があり得てたのかどうかという点にふれておきたい。実をいうとヘロデ大王ならやりそうでもない事件ではある。自分の最愛のハスモン王朝の血をひくマリアムメを処刑し、実の息子を何人も処刑していたし、イエス・キリストの生まれた紀元0年、数年前はヘロデ大王は瀕死の状態で、跡取り争いの中、疑心暗鬼によって、徹底的な粛清をしている。しかも紀元前4年に死んでいるから、当然それが事実であれば、イエス・キリストの誕生の年も遡ることになる。元がイドマヤ出身で生粋のユダヤ人ではないヘロデ大王がアウグストゥスと盟約を交わし、事実上ユダヤの王として36年も君臨していたのだから相当な政治家である。しかし人気があったわけではなく実質ローマ帝国の傀儡に過ぎないことはユダヤ人が皆わかっていたことだから、それだけに政治的な手腕の優れた人物であることには違いない。そんな政治家がこんな無茶苦茶な行動に出るだろうか。しかし、この物語もまたマタイにとっては欠かせない「聖書」の預言の成就であった。エレミヤ書31章15節に見出され、それは北のイスラエルのアッシリアによる陥落と連行の出来事であり、連行される時に通ったのがベツレヘムに近いラマであり、北イスラエルの母たるラケルの墓がその付近にあったということからこの言葉は発生している。
 そして、エジプトからの帰還の物語に対応させてイエス・キリストが「ナザレ者」と詰られていたことをも「聖書」の預言の成就とする。しかし、この23節を裏付ける旧約聖書の預言書は、実はなかなか見当たらないのであった。マタイが、その個所を指摘してくれていればいいが、ほとんどこじつけないと辻褄が合わない個所ばかりであった。しかし、実質イエス・キリストはナザレ出身であったから、何が何でもマタイはこのナザレ出身を旧約の預言としなければならなかったのである。しかし、このマタイ書の指針はあくまでも、「神の子」たる主イエス・キリストの誕生とそれを裏付ける「聖書」の預言の成就である。そして、それらは成就したという主張である。ここに、私たちに対する聖書からのチャレンジがある。それは、私たちがマタイ福音書にのるかそるかである。クリスマスの度に思うことは本当に救い主が与えられたのだろうかということである。ここで、それを恵みとして受け入れるか否かによって、私たちの生きざまは、がらりと変わっていくのである。極端な例で言うならば、それは京都のキリスト教徒、26聖人であろう。返って言うならばそれは私たちの信仰によるこの世へのチャレンジなのである。
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by qpqp1999 | 2010-12-30 12:32 | キリスト教
12月に入ってから
ずーっと
デイサービスの生活相談員・介護員

教会の牧師の仕事、思いっきりクリスマスで
23日24日25日と100人規模の大イベント
仕込みから仕上げまで
裏方も表方も駐車場の整備まで

12月末締め切りの
漫画の執筆

口の怪我の治療と

もう死にそうです
だけど死ねないし・・・
サム・クックの
Sam Cooke A change is Gonna come
も演りました
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動画撮ってあるので
いずれ暇になれれば
おそらく
この漫画の仕事が終わる頃に
つまり
来春!?!?
にはupりたいと
思います
どはーっ
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by qpqp1999 | 2010-12-25 23:09 | キリスト教
バストがワンカップ
大きくなった!!
その秘訣は
デブになることです!!!
口怪我してから
スマーティに入ることができず
大して食べてないのに
日に日に太っていく
このひと月で7キロもふとっちまった
うわーん
ただ、バストは大きくなった
このくらいの大きさを保って
細くなる方法はないのだらうか・・・
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by qpqp1999 | 2010-12-21 10:13 | 美容
待降節第3主日礼拝説教 マタイ福音書1章18-23節
 私は牧師家庭で生まれ育った。教会学校を行っている教会ならば、たいていはこの時期、イエス・キリストの生まれた次第を綴る降誕劇の練習に入っている頃だ。欧米、キリスト教圏ではこの降誕劇はほとんど季節の定められた行事にすらなっていて、誰がマリア役に抜擢されるのか、またあるいは誰がセリフの無い羊の役になるのか、かなり微妙な心理をとりほぐす役目が教会学校のリーダーに課せられるものだ。
 もちろん、私自身も降誕劇に出たことはある。当時小学3年生の時、9歳になったばかりの私は、普通の降誕劇にはうんざりしていて、普通の降誕劇ではめったに演じられることのないヘロデ大王の小児大虐殺のシーンを入れ、私自身、自らヘロデ大王の役を喜んでやっていたのだった。
 実は私の極個人的な感情としては、あの歯が浮くような降誕劇はあまり好きではない。幸いにして、新生ルーテル教会では現在、教会学校が無いからしないで済むのだが、そもそも降誕劇ほど聖書理解から人々を遠のけるものはないと考えている。というのは、通常の降誕劇では受胎告知に始まって、ベツレヘムへの旅、馬小屋での出産、羊飼いと、占星術の学者たちの訪問によってしめくくられるものである。おそらく、そのうよな事は、福音書記者たちにとってみてすれば、できれば辞めてもらいたいものであろう。このイエス・キリストの誕生の次第を描いているのは4つある福音書のうち2つだけ、マタイ福音書、ルカ福音書だけである。しかし、互いにその誕生の次第は異なっていることに気付いていないキリスト教徒も少なくはないであろう。ルカではアウグストゥスの人口調査命令によってナザレのマリアがベツレヘムに行くことになっているのに対して、マタイ福音書でははじめからマリアはベツレヘムに住んでいて、ヘロデ大王の虐殺を逃れてエジプトに行き、その結果ナザレに定住することになったとしている。また、ルカ福音書ではマリアの受胎告知が濃厚に語られ、ヨセフはほとんどおまけ程度に一回しか名前が出てこないし、もちろんセリフも無い、どうしてマリアの妊娠をヨセフが黙認したのか全く書かれていないのが特徴でもある。反対にマタイ書ではヨセフが基本的な役をしていてマリアが逆にセリフの一つもないまま終わっているのである。
 そこで今日の聖書個所であるが、この伝承は本来、ヨセフが主人公であり、いわばイエス・キリストの誕生物語においてヨセフの役割の大きさを描いたものであったと考えられるが、マタイはこの伝承をキリスト論に置き換えて編集しマタイ自身の福音書にしてある。
 それにしても、ヨセフの寡黙ぶりは非常に印象的と言えるだろう。当時のユダヤは一般に早婚であって男は18歳、女は12歳から13歳が適齢期とされていた。現代の私たちからすればあまりにも早すぎるものではあるが、歴史的な実情がそうである以上、マリアは少なくとも14歳頃には結婚をしていたのである。
 このユダヤの婚礼の状況について詳しく語られたもの書かれたものは少ないので、知っている人は少ないのだが、実を言うと、婚礼はその1年前からはじまるのが習慣であった。つまり、ヨセフが18歳マリアが14歳くらいに設定するとするなら、その時点で結婚の儀式が行われたことになる。ここで、意外なのは、この婚約、時事上の結婚において、婚礼の儀式から1年間は子供を作る行動をしてはならないというのが決まりであった。つまり婚礼から1年間は性交渉することは認められていなかったのである。ところが、その1年の間にマリアのお腹がどんどん大きくなり妊娠していることが発覚してしまうのであった。ヨセフを悪く言うまいとして「ひそかに縁をきろうとした」ということで、マリアを救おうとしたと説く説教者も多いが、現実にはそんなことはなく、ヨセフは律法に基づいて自らの立場を守らんとして「ひそかに」だったのである。というのは、ヨセフがいくら密かに離縁したとしても、マリアの懐妊は動かしようのない事実だったし、そうなれば、マリアは結婚もしていないのに誰かと関係をもったことになり、律法の定める掟にしたがって石で打ち殺されてしまうのは明明白白だったことは見逃してはならない。それほど、律法において特に姦淫に関しては女性に厳しく設定されていたのである。
 では性交渉無しに子供が生まれることがあり得るのかという問題に真正面から取り組む必要がある。イエス・キリストだから乙女から生まれて当たり前というのではあまりにも粗雑ではないだろうか。聖書神学の場にあっては、この処女降誕は当時そんなに珍しいものではなかったことは理解しておいた方がよい。処女から生まれた最大の歴史的人物は勿論イエス・キリストだが、その当時ではたとえばアウグストゥス、すなわちガイウス・カエサル・オクタビアヌスも処女から生まれたことになっているし、そんなことを言い出したらプラトンもピタゴラスもアレクサンダーもみんな処女から生まれているのだ。であるから処女懐胎ということについてあれこれ掘り下げるのは、あまり適当なものではない。むしろ、わたしたちは、この「イエス・キリストのの誕生の次第」において、いかなる恵みがあるかということに信仰の耳を傾けるべきであろう。
 この個所でのキーワードは「その名はインマヌエルと呼ばれる」この名は「神は我々と共におられるという意味である」である。人と人との繋がりほどもろいものは無い。簡単な噂話や中傷、密かに行われる秘密会議による自己正当化等、私たちの社会は片方では「愛だの平和」だのと綺麗ごとをならべておきながら、実のところその正反対に向かって行動している自分自身にどれだけの人が気づいているだろうか。ともすれば、それが親子、兄弟であってもそのような問題は続々と起こってくるのだ。
 そこで今日の個所で尤もマタイ福音書の構成の巧みなことにうならざるを得ない。マタイは、主イエス・キリストの復活の場において最後のクライマックスで弟子との今生の別れにおいて「見よ、私はいつもあなたがたと共にいるのである」と宣言なされた、その大前提としてこの処女懐胎が述べられているのである。「神は我々と共におられる」のである。
 人は基本的に孤独である。どんなに親友がいようと家族がいようと、それらがカチンと自分の考えている方向に乗じてくれるものではない。ともすれば、反発を受け、自分の思ってもいないところから精神的な打撃を受けるものだ。人というのは、あまりにもそこまでな存在でしかないのである。しかし主は違う。それぞれの立場、考え方に対して「共にいてくださる」のである。その訪れこそがクリスマスなのである。
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by qpqp1999 | 2010-12-12 19:44 | キリスト教

12月8日

12月8日
ジョンレノンが撃たれて亡くなった日だ
もし
あの日に時間が少しでもずれていたら
撃たれなかったのに
人生って
本当に微妙なタイミングを逃さない
実をいうと
Stand by me
をジョンレノンがカバーしてるのを
先に聴いて
いい曲だなあと思っていたら
実はペンEキングのヒットソングだったのを
後で知ったものだ
でもイマジンやらウーマンやら
ジョンレノン的にはブルーズサウンドを指向していた割には
そういう曲はけっこうベタで
反対に白人ならではのバラードは
一級ものだ
では今週の松本太郎テレビ
「12月8日」をどうぞ

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by qpqp1999 | 2010-12-07 20:50 | 歴史