牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

<   2010年 08月 ( 13 )   > この月の画像一覧

ラジオ

iPODを1キロワットのアンプ内蔵スピーカーにつなげて
シャッフルさせながら漫画を描くというスタイルだった
なにせ あれこれiPODに入れてあるし
自分の気にいったものしか入れてないから
あれ、この曲いいぢゃん 誰々!?!?
みたいな事が自分のiPODの環境でできていた
しかし
最近、お好みなのは
ネット配信のラジオだむー
巷のラジオとネットラジオの
一番ちがうところは
指向性が単立しているところです

クラシックだったらクラシックしか流れないし
へヴィメタルだったらへヴィメタルしか流れない
そこがいい
うざいCMもないしね
ついでに英語の勉強にもなるし
なので最近は
インターネット配信のラジオをバックグラウンドにして
仕事をしているむー
by qpqp1999 | 2010-08-31 19:15 | キリスト教

夏はこれだから嫌だ

わたしは身長165センチ
体重は
52キロ
を基本値にしているのですが
冬場は
特殊兵器スマーティーのおかげで
51キロとか
普通になれるのですが
夏はイカン
ビールをガンガン呑んでしまう
マックスの54キロを超えてしまうことも
しばしば
それでも懲りずにやってしまう
ソーセージマフィンに恵比寿ビール
夕食に生中

そらあ太るわな
アルコールなんか少ないくせに
糖質ばっかの飲み物
今日もマックスを超えてしまった
うわーん
スマーティーに入ろうにも暑くて入れん
そこで最近している減量法は
お風呂に適温で入って
温度をどんどんあげていって
暑いを通り越して痛いくらいになってから
炭酸水をビールのように飲んでから
体と髪の毛を洗う
もう心臓バクバクです
開いた汗腺はしばらくもどらない
汗がひたすらでます
すると
一気に2キロはやせれます
なんとか
マックス54キロにもどせたむー
夏なんかどっかいってしまえむー!!!
by qpqp1999 | 2010-08-30 21:50 | 美容
聖霊降臨後第14主日礼拝説教 ルカによる福音書7-14節
 ルカによる福音書にだけみられる特殊伝承である。また、文体が7節だけルカ調になっていて他はほとんど元の伝承を用いたと考えられている。
 新共同訳では「客と招待する者への教訓」というタイトルがつけられている。しかし、この個所でイエス・キリストが教えておられることは、実は現在の多くの日本人の場合、いまさら言われなくても当たり前の常識ではないかと思ってしまう。はたして、誰が好んで上座を選ぶだろうか、戦国大名なら話は別だが、現代の私たちはまさしくイエス・キリストが教えておられるように、進んで下座を選び、人によってはあえて上座に座ることを推測すらしてそうしないだろうか、またほとんどの場合下座にすわろうとし、上座に勧められても謙遜に断る人が多いのではないだろうか。
 海外では違うのだろうか、イエス・キリストがあえてこうお教えにならねばならないほど、起源0世紀のユダヤの人々は好んで上席に着こうとしていたのだろうか。少なくとも、現在では考えられない話である。
 では今日のこの個所は現代の私たちにとって全く無意味なのかどうかという議論に進まねばならないであろう。確かに、この11節までだけだと現代日本においては常識の問題になってしまう。しかし、よくよく読んでみると実は私たちの心に潜む姿がこの上席を好んで座ろうとする客であることがわかる。「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」とある。
 新生ルーテル教会は介護保険法による通所介護、介護予防通所介護施設、デイサービスセンター新生ルーテルを立ち上げる、すでに内覧会を行っている。そこで、おどろいたのは実際に「高ぶる者」がいるということである。地域密着を意図して地域に挨拶に回ったところ、「高ぶる」人が少なからず存在したのだ。おそらく、その人たちは別の場面では末席を選び、体面を保ちながら上席につく術を心得ているのかもしれないが、場面によっては、「高ぶる」のである。
 そこで、このイエス・キリストの教えは現代の日本に住む私たちにもぴったりとあてはまるのだ。確かに、私たちはできるだけ下座をえらび、体面を保とうとするかもしれないが、では「高ぶって」いないかというと実はそうではないところがあるのではないだろうか。体面を保ちながら上座につくための巧妙な教えなのではなく、私たちたちの心根にある「高ぶ」りに対してのイエス・キリストからの教えなのではないだろうか。
 実はわたしたちは、ある局面においては実に「高ぶ」っていることを見直すべきであろう。特に身につまされるのがイエス・キリストが罪ある私たちを十字架につくまでして、自らを低くして救って下さったというキリスト教の根幹の部分を思いだすのがよいのではないだろうか。特に私たちは罪ある者に対しては非常に「高ぶ」った存在となるのである。その一番決定的な証拠は私たちは基本的に死刑を肯定しているという事実がある。尤も死刑を言い渡されるような犯罪を犯した人は、それはもうそれだけ悪いことをやっていて、死刑になるほうが難しいくらいなのが日本の法律なのだが。私たちはニュースなどで、死刑を言い渡されるようなことを行った人を罪びととして下げずむのではないだろうか。あるいは自分に敵対し、自分に対して悪意をもって攻撃してくる人に対してどれくらい、へりくだるだろうか。もちろん、毅然とした態度で対しなければならない事象というものはあり、また正されなければならない事象というものが多々存在する。ところが、この正されなければならないものが正されることがなく、泣き寝入りしなければならない人がいるというのもこれまた現代日本社会においても、私たちの生活の回りにおいても多々あるのである。ここにこそ「高ぶ」りがあり「へりくだる」がない状態が発生しているのである。
そこで、私たちは改めて、本当に「へりくだる」とはどういうことなのかを考えてみる必要がある。わかりやすく言うと、朝からお酒を呑んで酩酊状態でキリスト教の礼拝に参加する人にたいして、いったいどれくらいのキリスト教徒が「へりくだる」だろうか。また、教会、教団の行政的な側面において、明らかに「高ぶり」があるのにそれを正そうとしない、つまり「へりくだる」ことをしない人が多いのではないだろうか。「へりくだる」というのは、へこへこと自分を自虐的に低くするのではないのである。主イエス・キリストにあって人を愛するという信仰の状態をこの教えはさしているのである。
 「昼食や夕食の会を催すときには。友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない、その人たちも、あなたを招いてお返しをするかもしれないからである。」ここまでは納得もって読むことができるが「宴会を催すときには、むしろ貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人をまねきなさい、そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたがたは幸いだ」になってくると、もうこれは現代日本においては完全なる差別発言である。では、わたしたちが「貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人」を招いているかというと、決してそうではないと思われる。というのは、「貧しい人」と接して、その「貧しい人」に自分が取って代わってでもその人を「貧し」さから救おうという人がいるだろうか。「体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人」に接する時に、私たちは「気の毒」だと思ってしまわないだろうか。また、その人に取って代わってでも、その人をその「気の毒」な状態を改善しようといったいどれだけの人がするだろうか。厳然として私たちは基本的に差別しているのだ。「高ぶ」っていて「へりくだ」っては決していないのである。
 確かに、宴会の時には、むしろ競って下座を争うかもしれないが、実は私たちの心根はあくまでも「高ぶ」っているのである。
 ゆえに、私たちはイエス・キリストに習うべきである。このイエス・キリストの教えは実際に「高ぶ」っている私たちに対しての挑戦であり、警告ですらある。そこで私たちは気づくべきである。自分は「高ぶ」っていると。そこに気づくことなしに本当の意味での下座につくことはあり得ない。そして、たとえ世間と闘うことになったとしても、低くされている人たち、マイノリティーとされている人々と共に生きるべきなのだ。それは、自らをも差別されることにつながるかもしれないが、それこそが「お返し」なのだこれはἀνταπόδομάアンタポドア「報われる」と訳されている、まったく同じ単語なのである。 
by qpqp1999 | 2010-08-29 21:29 | キリスト教
このたび
「松本太郎テレビ」

公式HPのコンテンツに加えることになりました

マンがの締め切りがきついのと
新生ルーテル教会の運営する
デイサービス新生ルーテル
の立ち上げで
HP いじるだけの根性がないので
とりあえず
ブログで放映開始し松
どうぞご覧ください

by qpqp1999 | 2010-08-28 01:03 | ブルース

金ドル

漫画の原稿料が入ったので
早速、漫画専用マシンをあのDELLで買った
安かった!!
OSは7にするかXPにするか迷ったが
ぺインターXが7で動作するか不安だったので
XPにした
そしたらキンドルが正常作動するようになった!!!
わーい
キンドルのアマゾンストアでアメコミとか買うむー

まずはスパイダーマンでしょうということで
一番安い7ドルのスパイダーマンを買った
ダウンロードしたら
コミックではなく
ノベルだった
うわーん
サンクスTARO!!

by qpqp1999 | 2010-08-15 22:55 | 漫画
聖霊降臨後大12主日礼拝説教 ルカによる福音書12章40節~53節
 今日は「終戦記念日」である。今日の聖書箇所のイエス・キリストの教える、「地上に火を投じるためである」という言葉と反比例するかのような記念日である。では、実際にイエス・キリストが戦を勧めたのかといえば完全にそうではない。むしろ、この「終戦記念日」にこそふさわしい箇所であるといえよう。
 まず、最初に踏まえておきたいのは、たしかにこの箇所でイエス・キリストは「わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくがむしろ分裂だ」というショッキングな言葉に多くの説教者は、いよいよこの箇所に取り組まねばならなくなる。この言葉通りなら、完全に戦いを薦めているようにしか見えないからだ。そこで、あえて、いうならば、確かにイエス・キリストはここで戦いを勧めているのだ。しかしその戦いとは戦争とか喧嘩とか殺し合いという類のものではない。
 この聖書箇所で非常に色濃く発せられているのは終末についての神学である。それは、裁きの神学である。近代化したキリスト教においては、この「終末」「裁き」という、神学的な問題は非常に注意して取り扱わなければならない、その意味でも重要な信仰の在り方なのだ。
 まず、ここで強く主張されているのは中立はあり得ないということである。反対するべきことには反対しなければならないということだ。その意味で今日の「終戦記念日」は非常に意味のある記念日である。近代において、キリスト教の殉教者を出したのはまさに大日本帝国においてであったし、ナチスドイツのもとであった。負ければ賊軍、勝てば官軍というものの、実際に行われた事件と殉教者のことを思えば、やはり大日本帝国のしたことナチスドイツのしたことは、まぎれもなく戦うべき相手であったといえるだろう。
 尤も戦争という局面においては連合国もその戦争責任という点、非人道的な戦いに兵士を繰り出し、実際に到底受け入れられないやり方をしたことは原子爆弾の使用や、ベルリン陥落、被差別爆撃、しかも日本の爆撃は木造家屋が多いことを想定してわざわざ焼夷弾を用いていて、これは軍隊相手ではなく、非戦闘員、乳児から高齢者までも標的にした非道極まる作戦であった。またその点について何らの反省もないのが戦勝国のいいような立場である。戦争を行ったという次点でいうならば大日本帝国もアメリカ合衆国も同罪である。ナチスドイツもイギリス、フランス、ソビエト連邦も同罪である。そもそも、戦争という事柄事態が憎むべき敵であり、断固としてそういう非人道的な事象には私たちは反対の声をあげねばならないのだ。
 ここまで、くればイエス・キリストの教えられた「分裂」の意味が、だんだんとわかってくるはずだ。戦争をやるような政府とは分裂しなければならないのだ。毎年、この8月15日近辺では第二次世界大戦、太平洋戦争がとりざたされ、それに対しての反省や批判がマスメディアでも多くとりあげられる。しかし、およそ満足のいくような追及はなされていないのが現実である。「過去に大変悲惨なことがありました。平和でいましょう」というようなものばかりである。
 ナチスドイツ下にあってヒトラー暗殺計画に関わったとして処刑された、ドイツの青年神学者ボン・へっファーという人がいる。神学者が人を暗殺する計画に関わったというのだから大変な事態である。最も負ければ賊軍、勝てば官軍でボン・へっファーはナチスドイツに戦いを挑んだ英雄としてすら今も、「もてはやされて」いる状況がある。ヒトラーは何十回も暗殺されかかっているのだが、どれもこれも全部クリアーした。そして、最後は誰の手にもかかるのではなく、自ら命を絶った。私はそれはとてもいいことだと思う、ヒトラーのような者を手にかけて自らの手を汚す必要はないのだ。しかし、殺されても、ゲッペルスという演出家によって盛り上がったヒトラー政権に歓呼してはならないのである。反対の言葉を声高に言うべきなのである。その意味でボン・へっファーがヒトラー暗殺計画に関わったことは、その一部として成功したといえるだろう。自らを殺してまでしてもナチスドイツには反対し、分裂したのだから。
 日本においてもそれは同じである。今、日本基督教団という教団があるが、これは第二次世界大戦、太平洋戦争の時にプロテスタントの全宗派をまとめた国策の産物である。聖公会やルター派等は戦後離脱したが、いまだに、宗派の違う教会が一緒の教団にあっていささか混乱しているのも事実である。
 ルター派、日本福音ルーテル教会は戦中どのような態度をとっていたか。大日本帝国はキリスト教に対し、礼拝の前に宮城遥拝すること、日の丸を掲げることを強制し、義務化させた。今から見ると違和感があるが、当時はそれが、正しい、倫理的なことだったのだ。たとえば、現在、就職活動をするのにスーツにネクタイ、女性ならリクルートスーツを着るのは当たり前だし、そうしないのは非常識で非倫理的とすらとらえられるが、まさにそれと同次元で宮城遥拝と日の丸を掲げるのは正しいことだったのだ。一人の牧師がこれに反対し分裂した、日本福音ルーテル教会はその牧師を守って戦ったであろうか。まるで違う、けしからんと言って罷免したのである。戦後、この牧師は新しいルター派の教団の設立者となった。
 このようにして、今日の聖書箇所に取り組むと、イエスの言われる「火」「分裂」の意味がよくわかってくるはずだ。喧嘩をしろと言っているのでもなければ、仲たがいしろと言っているのでもない。終末の裁きを前にして私たちは、いまの世をどのように生きていくべきなのか、何に対して分裂すべきなのか、何に対して否と答えるべきなのか。それが今日の聖書箇所で問われている、主イエス・キリストの救いの恵みの中にある私たちへの勧めなのである。
 シャロームという言葉がある、ヘブライ語で「平和」だ。しかし、現代において、パレスチナの人々にとって、このシャロームというヘブライ語は侵略者、無差別爆撃してくる軍隊、抑圧者の言葉となっている。そこで、知り合いの牧師がアラビア文字、アラビア語の「平和」サラームという言葉のネクタイピンを注文して作ったのを、わけていただいた。私はあえてネクタイはしないが、このネクタイピンはつけている。毎日、朝祷の後、主の下部を意味する指輪をつけ、このネクタイピンをつける。主の平和がありますように。
by qpqp1999 | 2010-08-15 12:29 | キリスト教

くううっ楽しい

昔は
子供の頃は
勉強するふりして
漫画を描いていた
漫画描くなと怒られていた
しかし今は
漫画を描けと言われる
漫画を描けば書くほど褒められる
くううっ楽しい
漫画家は大変だが楽しい
ちょうど気分はバンド編成のレイヴで
リードギターを弾く気分
おお いええい
by qpqp1999 | 2010-08-13 00:49 | 漫画

1テラばいと

外付けハードディスクを買いました
1テラバイトで8000円・・・
私が漫画にCGを導入しだしたころ
MOディスクが
ディスクドライブが18万円くらい
ディスクが125メガで8000円くらいだった
時代の速度に困惑する
フォトショップデータ
昔は600dpiだと
レイヤー4層がせいぜいで
それをグレーで出力するのに2時間くらいかかった
加工描画するのには600dpiでは
重すぎて無理なので
150dpiくらいにおとして
あとで戻すというようなことをしていた
ところが今では
600dpiで12階層くらいのレイヤーでも
画像処理があっとタイムでさくさく動く
手間もかからなくなった
すごいなあ
by qpqp1999 | 2010-08-08 19:38 | 漫画

白い汁が顔に・・・

タイトルで
おかしなことを想像したあなた
それが普通です
あまりにも暑いです
日光というより
紫外線が痛いですよ
日焼け止めとか塗りまくって
外出すると
汗まみれになって
とろけて
顔に白い汁みたいな状態に
こんな暑いの
エアコンなかったらどうなるんだろうむー
by qpqp1999 | 2010-08-05 18:35 | 美容

サンクス タロウ!

今 連載中の漫画
iパッドとかキンドルで読む
電子書籍なんですが
もちろん日本語バージョンつきで
アメリカ発なんです

パソコンからでもそれが見れる
キンドルフォーPCというフリーソフトがあるので
これでアマゾンに買いに行ったら
アメリカのアマゾンて日本のアマゾンとは
別物なんですね
なのでサインインをもう一回やって
クレジットカードとか入力して
買いました、自分の漫画
電子状態でどうなってるか
気になるじゃありませんか
買ったら
Thanks TARO!
とか言ってくるのが
アメリカンで面白い
しかし、
ダウンロードしようとすると
キンドルが起動しなくて
ダウンロード自体できないむー
どーすればいーのー
うわーん
サンクス タロウ!

by qpqp1999 | 2010-08-03 19:07 | 漫画