牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

カテゴリ:習慣( 3 )

時間の長さ

 相対性理論で言うと。超特急に乗っている人がポールを手巻きするのと、停止している地上の人が手巻きするのとでは、そのボールの運動の力が変わるというんだむー。つまり、超特急に乗っている人が手マリを新幹線の上でつくと、そのボールの運動性は上下運動に加えて、進行方向に300キロメートルで進むことになるので、地上でただ手マリつくよりも運動時間が長くなり、その人の人生の期間も短縮されたり、伸びたりするんだという。
 そこで、私は考えた。
 そうだ!!!確かに、朝、遅刻しないために
「あと二分だけ寝たい」
 と言って寝る時の一分はあっという間なのに
「はやくあと二分経って欲しい」
 と言って待っている時の一分は物凄く長いんだむー!!!

同じ一分な筈なのに、相対性理論からすると、その人の状況によって時空というのは変化しているものだと言う事が良く解ったんだむー。
 我ながら、よく相対性理論を関連づけて述べる事が出来たと、自信つけたんだむー!!!
by qpqp1999 | 2015-09-11 19:01 | 習慣

すかとろじー

 中世の歴史を研究するにあたって・・・というか、もっと原始的な次元からな方がいいが、残念ながら資料の欠乏から
スカトロジーつまり、糞便学というのは、ことに中世くらいから資料が豊富な事もあって、そのあたりから詳しく解る事ができる。
 徳善義和名誉教授が私の卒論の担当教授になって下さった。そこで、私は「宗教改革における福音の伝播」と題して卒論を書いた。それはちょうど、マルティン・ルターが活躍したときに、グーテンペルグの印刷機が普及して、識字率の低かったドイツでは、その印刷された絵が、物凄い効果をもたらすことが解ったんだむー。私が絵の才能にあることに気を使っていただいて、この論文は徳善義和先生担当の私の論文になったんです。
 徳善先生ルートでしか手に入らない資料もあったし、神学大学の図書館のその関係の本は全部長期貸し切りにして取り組んだものだ。
 そこで、びっくりしたのは
 西洋人はなんで、こんなにウンコが好きなんだむー!?!?!?
と言う事だった。
 西ローマカトリック教会VSマルティン・ルターという、宗教のぶつかり合いの中で傑出して、発明されたばかりの印刷機で教会の扉(中世の西洋では教会の扉が掲示板になっていた)に、ルターとかローマ教皇とかかが、悪魔のウンコになって出て来ているという絵はいっぱいある事にびっくりしたものだ。
 これこそが、スカトロジーだ言語はギリシャ語のσκατοςスカトロスからきている。直訳すると「ウンコ」だし、それ以外に訳すのは難しい。ちょっと気取ってみるなら
 「ウンコ論」とか「ウンコ学」になるんだと思う。
 それにしても中世の人たちも現代の人たちもウンコ好きですねえええ。私もウンコ大好きです。だって、ウンコしたらその分体重減るんでしょう???だったら、できるだけたくさんウンコしたいですねえ。だってアマゾンでウンコの玩具たくさん売られているんですよ。
 私の卒論では、最初こそ中世の漫画だった出版物が活躍したものの、よくよく、調べて見ると、なんと居酒屋とかが、今のフェイスブックみたいなSNSだった事を中心地点にもっていって書いたものだ。テレビもラジオも無い、しかし居酒屋は随分前からある。そして、居酒屋で文章の読める人は、 ルターかく語りき と言って、ルターの論説を広めたし、 教皇かく語りき と言ってはその論説を広め。むしろ、版画の絵自体は、悪魔のウンコになって出てきている教皇とか、ルターとか 子供のケンカみたいなことやっていたんです。面白いですねえ、歴史って。
 そういえば、私の出世作だった「LOVE PLNET」は講談社の週刊モーニング誌で、あの「ナニワ金融道」も抜いて、高順位に達していて、その主人公の一人が スカトロA という正義の変態だったんだむー。今、読んでも、我ながら面白いですし、よく描けてますね。スクリーントーン張るのが面倒くさくて、ほぼ、筆で描いていたものだむー。
 今は、データで絵を描いていくデジタル作画になっている。実は、紙に描いた方が早いのではないかと思う時があるが、スキャンして、描線だけ抽出するのは、今でも難しく、線が痩せたり、太ったりするので、じかにペンタブレットに描く方が効率的なんです。しかし、それは、それで、難しいです。
 たまたま、私はペンタブレットで描く技術をコミックラウドというネット雑誌で三年描きましたので、今や紙に描くよりたやすいのですが、これは、慣れが必要だし、習得するには、三年くらい連載やらないと身につかないと思ったものです。
 私も、そろそろ歳なので、やるべきことをやろうと思います。
by qpqp1999 | 2014-06-03 17:37 | 習慣

社会の悪いところ

 社会の悪いところ、それはズバリ、セクト化です。保育園、幼稚園からはじまって、否、公園のママと子のソサエティーからはじまって、大人の社会、政界に至るまで、この
 セ ク ト
というのが物を言い出すのだ。人が十人以上集まったら最後、それはセクト化の恐れがある。それは、まるまるキリスト教の教会という団体においてもバリバリに幅をきかせている。多くの牧師は、このセクトに屈するか、知らないふりしながら従うか、完全に奴隷になるか、あるいはこのセクトに対抗してぶっ潰すか、のいづれかを迫られることになる。非常に残念なことに多くの牧師は最前者である。なにしろ、献金もらって生活してるからね。
 ところが、私の勤務する教会は違う。金持ちの弟に献金をねだることは確かにあるのだが、自立の一環としてデイサービスセンターを運営している。
で話はもどるのだが
大変残念なことに、私の勤める新生ルーテルゴスペルクワイアもメンバーが12人以上いるので、当然、セクト化してきている。そこで、大事なのは、このセクトたちが企てるあらゆる企画に顔を出しておくということだ。これは、他の、セクト化されている教会の牧師やその妻や夫、子どもにいたるまで、参考にしていただくといい。たとえば、そのセクトの一部の強力な部分が、たとえば、うちのゴスペルクワイアの場合だが、ライヴの後に打ち上げでカラオケをしようと言い出したら、その席に座を連ねて、一発、唄う必要があるのだ。もちろん、わたしは楽しくて参加するが、私の母はそうではない。そこで、あえて、参加するように言ったら・・・
健気にもその打ち上げのカラオケに参加するべくデイサービスのカラオケマシンで「花は咲くプロジェクト」の練習をしているではないか。画像参照
b0130652_1910660.jpg

歳はとっても「牧師夫人」なのだ。そこまで、徹しなくてもいいって、と後から思った。それにしても、ホント、セクトなんて大嫌いだむー
by qpqp1999 | 2012-12-07 19:12 | 習慣