四旬節第五主日礼拝説教
2016年 03月 12日
四旬節第五主日礼拝説教
ルカ福音書20章9~19節
福音書を読んでみると、イエス・キリストとユダヤ教保守層の対立が鋭く描かれている。
このユダヤ教保守層に顕著なのが
「律法学者」
の人々である。決して悪い人たちではない。この決して悪い人たちではないところが、大問題なのだ。
「律法学者」
と言われても何の事か、解らないので、簡単に説明すると、
「ユダヤ教」
における
「律法」
を重んじる宗教指導者の事だ。ただ、この紀元1世紀初頭のユダヤ教の問題点として
「律法」
ということが、どうしてもあったのだ。
というのも、
「どこまで、していい事が許されるのか、あるいはどこまですると許されないのか」
という事が実に細かに定められていた時期だったからだ。
現代のユダヤ教でも、この律法は健在だ、例えば、
「安息日」
これは土曜日の事だが、この日は「安息日」なので、全て休まなければならない。という掟がつくられた。
律法学者の人たちのすることは、その
何を休まなければならないかを定める事だった。
[安息日]には料理してはならない、労働になるからだ。「安息日」には電車に乗ってはならない、電車は仕事で走っているから、それを利用することはできない。だから、シナゴーグまで歩いてくる。現代でも、その律法は硬く守られている。
イエス・キリストという人は、この「安息日」を、あえて破っ活動した方だという事が福音書では強調されている。
例えば、治療奇跡をわざわざ「安息日」にする。命に別状ない場合であっても、わざわざ、行った。
まさに、
「あてつけ」
であった。今日の個所では、
「律法学者」
つまりファリサイ派、そして
「祭司長」
つまりサドカイ派
の人々がイエス・キリストがエルサレム神殿の境内で教えを語っているのに反発した事に遡る。
四旬節なので、特に、この個所が選ばれている訳だが。果たして、イエス・キリストは自らがうける
「受難」
をたとえ話にする。それが今日の個所の「ぶどう園を乗っ取る農夫」のたとえ話しだ。
非情に暴力的なたとえ話だ。そして、このたとえ話しにあるように非情に暴力的な事件が起きる。
イエス・キリストの十字架の処刑という無残な事件だ。
それを、イエス・キリストはこのエルサレム神殿で預言のようにして語る。
簡単に言うと、ぶどう園の主人が収穫の時期になったので
「収穫をおさめさせるために、僕を農夫たちのところに送った」
ところが
「農夫たちはこの僕を袋だたきにして何も持たせないで追い返した。」
「そこで、また他の僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋叩きにし、侮辱して何も持たせないで追い返した」
「更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせて放り出した」
「ぶどう園の主人は言った『どうしようか、私の愛する息子を送ってみよう。この子なら敬ってくれるだろう』」
「農夫たちは息子を見て互いに論じ合った『これは跡とりだ殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる』そして息子をぶどう園の外に放り出して殺してしまった。さてぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか」
酷い話しなので、イエス・キリストの弟子たちは
「そんな事があってはなりません」
と言ったが、対してイエス・キリストは
詩篇118篇を引用して言う。
「家を建てる者の捨てた石。これが隅の親石となった。その石の上に落ちる者は誰でも打ち砕かれ。その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう」
ここで描かれるメッセージは捨てられた者である。ぶどう園の主人の息子もないがしろにされて、捨てられて殺された。しかし、主の真理はそれを利用する。
家つくりが「これは使えない」と言って捨てた石が要石になるという、たとえ話なのだ。
これはイエス・キリストを殺そうとする者に対しての一番のあてつけである。おそらく、あてつけられた律法学者も祭司長もそこまで洞察が及んでいなかったであろう。
惨めに、殺され、捨てられてイエス・キリストこそが、要石となって、家の中核をなすようになるというイエスの言わば、預言的なたとえ話しになっている。
捨てられた者こそが要になる。
この福音を私たちは、いただく事ができる。
イエス・キリストの最後は酷いものだった。弟子たちは皆逃げ去り、奴隷や極悪犯罪人がの処刑方法、十字架で殺されたのだ。まさに今日の個所で敵対勢力として出てくる律法学者、祭司長たちの手によって。
では、イエス・キリストは見捨てられたのだろうか。そうではない。そのような、酷い扱いを受けたからこそ、輝くのが復活である。
この四旬節、私たちが忘れてはならないのは、とことんまで酷い事で失われたものが、主イエス・キリストの栄光のうちに復活するということを期待してよいという事である。
ルカ福音書20章9~19節
福音書を読んでみると、イエス・キリストとユダヤ教保守層の対立が鋭く描かれている。
このユダヤ教保守層に顕著なのが
「律法学者」
の人々である。決して悪い人たちではない。この決して悪い人たちではないところが、大問題なのだ。
「律法学者」
と言われても何の事か、解らないので、簡単に説明すると、
「ユダヤ教」
における
「律法」
を重んじる宗教指導者の事だ。ただ、この紀元1世紀初頭のユダヤ教の問題点として
「律法」
ということが、どうしてもあったのだ。
というのも、
「どこまで、していい事が許されるのか、あるいはどこまですると許されないのか」
という事が実に細かに定められていた時期だったからだ。
現代のユダヤ教でも、この律法は健在だ、例えば、
「安息日」
これは土曜日の事だが、この日は「安息日」なので、全て休まなければならない。という掟がつくられた。
律法学者の人たちのすることは、その
何を休まなければならないかを定める事だった。
[安息日]には料理してはならない、労働になるからだ。「安息日」には電車に乗ってはならない、電車は仕事で走っているから、それを利用することはできない。だから、シナゴーグまで歩いてくる。現代でも、その律法は硬く守られている。
イエス・キリストという人は、この「安息日」を、あえて破っ活動した方だという事が福音書では強調されている。
例えば、治療奇跡をわざわざ「安息日」にする。命に別状ない場合であっても、わざわざ、行った。
まさに、
「あてつけ」
であった。今日の個所では、
「律法学者」
つまりファリサイ派、そして
「祭司長」
つまりサドカイ派
の人々がイエス・キリストがエルサレム神殿の境内で教えを語っているのに反発した事に遡る。
四旬節なので、特に、この個所が選ばれている訳だが。果たして、イエス・キリストは自らがうける
「受難」
をたとえ話にする。それが今日の個所の「ぶどう園を乗っ取る農夫」のたとえ話しだ。
非情に暴力的なたとえ話だ。そして、このたとえ話しにあるように非情に暴力的な事件が起きる。
イエス・キリストの十字架の処刑という無残な事件だ。
それを、イエス・キリストはこのエルサレム神殿で預言のようにして語る。
簡単に言うと、ぶどう園の主人が収穫の時期になったので
「収穫をおさめさせるために、僕を農夫たちのところに送った」
ところが
「農夫たちはこの僕を袋だたきにして何も持たせないで追い返した。」
「そこで、また他の僕を送ったが、農夫たちはこの僕をも袋叩きにし、侮辱して何も持たせないで追い返した」
「更に三人目の僕を送ったが、これにも傷を負わせて放り出した」
「ぶどう園の主人は言った『どうしようか、私の愛する息子を送ってみよう。この子なら敬ってくれるだろう』」
「農夫たちは息子を見て互いに論じ合った『これは跡とりだ殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる』そして息子をぶどう園の外に放り出して殺してしまった。さてぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか」
酷い話しなので、イエス・キリストの弟子たちは
「そんな事があってはなりません」
と言ったが、対してイエス・キリストは
詩篇118篇を引用して言う。
「家を建てる者の捨てた石。これが隅の親石となった。その石の上に落ちる者は誰でも打ち砕かれ。その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう」
ここで描かれるメッセージは捨てられた者である。ぶどう園の主人の息子もないがしろにされて、捨てられて殺された。しかし、主の真理はそれを利用する。
家つくりが「これは使えない」と言って捨てた石が要石になるという、たとえ話なのだ。
これはイエス・キリストを殺そうとする者に対しての一番のあてつけである。おそらく、あてつけられた律法学者も祭司長もそこまで洞察が及んでいなかったであろう。
惨めに、殺され、捨てられてイエス・キリストこそが、要石となって、家の中核をなすようになるというイエスの言わば、預言的なたとえ話しになっている。
捨てられた者こそが要になる。
この福音を私たちは、いただく事ができる。
イエス・キリストの最後は酷いものだった。弟子たちは皆逃げ去り、奴隷や極悪犯罪人がの処刑方法、十字架で殺されたのだ。まさに今日の個所で敵対勢力として出てくる律法学者、祭司長たちの手によって。
では、イエス・キリストは見捨てられたのだろうか。そうではない。そのような、酷い扱いを受けたからこそ、輝くのが復活である。
この四旬節、私たちが忘れてはならないのは、とことんまで酷い事で失われたものが、主イエス・キリストの栄光のうちに復活するということを期待してよいという事である。
by qpqp1999
| 2016-03-12 18:53
| キリスト教