牧師・漫画家・ミュージシャンの松本太郎のブログ


by qpqp1999

日本基督教団の罪

 いつもの、おちゃらけた書き込みを期待している人には申し訳ない。めずらしく、真面目な投稿をしている。
 それは今日結審された北村慈郎先生の告訴の件だ。
 当初わたしは、この北村先生がオープンコムーニンオン。即ち、キリスト教において、洗礼を受けていようと、いまいと関係なく、聖餐式でパンと葡萄酒に与かれるというものが問題にされていると思っていた。ところが、どっこい、そうではなかった。そもそも、罰の順序がめちゃくちゃだ、普通は戒告 訓告 停職 免職 懲戒免職とかいうことになるのであり、また、そういう牧師は大抵の場合刑事事件において、有罪になった人である。だが、今回、いきなり懲戒免職にされた北村先生にはその手順がふまれなかった。
 ここで、根深く日本の社会に刺を刺しているのは学生紛争時代に遡る。北村先生は、政治勢力ではなく、学生側におられた。横浜の紅葉坂教会では岸本洋一先生がオープンコムーニオンしてた。そもそも北村先生が着任した紅葉坂教会でのスタンスを受け継いで、オープンコムーニオンを実施したのだった。
 しかし、それを利用しようとした者が現れた。それは、学生紛争時に北村先生が、東京神学大学側ではなく、学生側についていたことによる。普通は、そのような関係の人を排除する方向に向かうのだが、北村先生は違った。むしろそういう志ある人たちこそを牧師として育成すらしていた。
 それが、教会保守層の勘に触ったのだ。まるで、サンヘドリン対イエス・キリストみたいだ、
 しかし教団は北村慈郎個人に問題を向けた。はっきり言うが、オープンコムーニオンしてはいけないという決まりは日本基督教団には無い。しかも、北村先生を訴えたのは、この教会の信徒ではなく、反東神大学に嫌悪する信徒集団であったということは見逃せない。教会が総会において決議したことなので、個人の問題ではない。教団の規則の中にオープンコムーニオンしてはならなという規則はない。よその教会の信徒たちが、役員をしていた人が訴えた。普通は紅葉坂教会の信徒が訴えたのたのなら解るが、他の教会の信徒が訴えた。
 結果として、教師委員会が四対二で採決して、免職になった。こういう決議を教師会が処分するのはおかしい。そもそも信仰職制委員会が誰でも訴えることができるとした自体が、客観的に見てどうかしている。
 要するに、オープンコムーニオンはネタでしかなく、何等の神学的意図もなければ、信仰的考えも無かった、あるのは憎き北村を討つというそけだけのことだ。こんな、ことがキリスト教の教会で堂々と行われ、司法ですから、「お前らのことは、お前らで勝手にしろ」という判決を下した。
 中世かよ!!!今は!!!
 結局、異議申し立てがあり、審判委員会。委員長、石橋、今の教団の議長のもと、も二対二の判決が出たが、石橋は申し立てを却下してしまった。こうして、北村先生は、純朴に牧会をしていたのに、教会権力の暴力によって追放され、取り消しなんかできない授手すらも無効にされてしまったのだ。ここまで、くると神学的にどうかしていると考えるのが普通だ。
 学生紛争当時に活躍していた反反東神大の系列、牧師、信徒が聖餐論をネタにして。議論を持ち出したことには、憤りを覚えないではいられない。個人を攻撃するため崇高な聖餐論を持ち出してきて、一個人を破壊しようとしたのだ。この時点で、私の憤りはマックスに達しする。聖餐論を用いて、個人的な恨みとか、やっつけをしようとするなんて、宗教的パワーハラスメントではないだろうか。
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by qpqp1999 | 2013-02-26 18:01 | キリスト教